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山の挽歌-松田白作品集- › 谷川岳に登る

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2009年03月02日

谷川岳に登る(1)

 土合(どあい)のプラットホームは雨に濡れて、駅燈の光をなめらかに反射している。仰げば南方に星の光が美しい。谷川岳の方面は模糊として薄闇に雨のみが光る。寒い。霧雨の中を土合山の家にて小憩する。朝食をしたため足袋に草鞋をうがち、明るくなった山峡を西黒沢に向かう。五時十五分、星は天青に溶解し去り、秋草はしっとりと露を置いて足裏は冷え冷えと心地よい。湯桧曽(ゆびそ)川は昨日の雨でいつもより水量を増していて、この分では西黒沢も歩きにくかろうと思う。猫の額のような土合スキー場を横切れば、もう西黒沢の河原である。
 小糠のような霧雨の中を沢沿いに登りはじめる。間もなく蛇門の滝が眼前に爽快に落下して、夜行の寝ぼけまなこを見晴らせ、いくらか頭がはっきりしてくる。歩きづらいゴーロをあちこちと飛び移りながら幾回か流れを渡りかえすと第二の滝、白鷺の滝が夜来増量した水量を奔騰(ほんとう)させている。この谷で僕の一番好きな滝である。その近代的な優美さは白鷺の清楚を彷彿させる。以前来た時はここで弁当を開き「滝の傍らにて」を合唱したものだった。あのとき滝の音はもちろん不協和音で、はじめはうるさいほどであったが、終わりには歌声と滝声との間に不思議な調和を見出し、妙に嬉しかったことを覚えている。
 右岸を巻いて遡行を続ける。両岸の濃い緑を背に、蜘蛛の糸をちぎったような繊細な霧雨が谷を吹き下ろす風にあおられて舞い狂う。僕らの頭上は青空だが、北方は薄雲が低く垂れている。田尻沢沿いの天神峠への新道を見送れば、谷幅はいくぶん広くなり五段の滝(山白の滝)の下に出る。去る七月には白鷺の滝を直登したので今日は五段の滝を直登することとする。この滝は左岸をへずっても案外容易に登れそうだが、右岸から苦もなく滝上に出られる。
 このあたりから第四の滝にかけてが西黒沢の谷すじで最も美しい部分ではないだろうか。谷幅が次第に細まるとともに、両岸の林相も変化する。山毛欅(ぶな)、水楢のみずみずしい緑の中に、岳樺が点々と交じる。その梢に薄いヴェールを淡彩な日本絵具で染めわけるような虹が、消えんとして消えやらめ影を残す。それはとらえどころのない美しさを持つ。
 沢水は花崗斑岩の広いなめらかな岩盤上を、一枚のセロファンで覆ったような美しい滑(なめ)を形成して急流する。ピッケルの突端を水流に入れれば、旋盤に飛散する鉄くずにように、あるいは回転鋸に引かれる木材のおがくずのように、水は叫び声をあげんばかりに空中に小さな放物線を描く。黄つりふねがその優美な花姿を滑の鏡に映して、静かに自らの美しさを誇っている。
 僕はいつも自分の歩調で進んだが、太ったIさんは体重の運搬に骨が折れるらしい。十四の滝の右岸をへずると、天神峠から薬師岳に続く尾根とこれから登ろうとする西黒尾根が、黒い岩に緑をべったりとつけて眼前に並立する。ここより十数分で地図のガレ記号の最下部、ガレのデブリに到着する。巨大な斧で断ち割ったような磊々(らいらい)たる岩石は、あの谷川岳東南面の岩壁の雪崩、風雨等による崩壊の堆積であろう。ここで一行三人は熱源の補給を行なう。
 霧雨はまだ降り続いているが、今日の天候には確信がある。ザンゲ沢に入り、谷すじ最後のケルンを見送ると、狭い空沢を尾根めがけて一気に直登する。西黒沢口で一番いやなのはこの登りである。両側にこんもり茂った草の中を四、五尺幅の褐色のガレはちょうど長大なエスカレーターのように尾根めがけて這い上っている。しかし同じガレでも南アルプスに見るような砂岩のものと異なり、花崗岩のガレは登りよい。標高差は一歩登るごとに周囲の景観を変じさせ、僕らの労苦をゆっくりとしかも確実に報いてくれる。頭上は明るくなり、霧雨は日光の中にとまどいして濃紫のとりかぶとの花のまわりを低回する。振り返れば、なつかしい赤城山のあたりの青空は雲を追って、見ている間にその領域を広げてゆく。沢も終わりに近い右手のロームの滑りやすい急斜をかき登れば、尾根はすぐ目の前にある。尾根直下の花崗斑岩の大塊に、風をさけて二人の仲間を待つ。
 南から東に開ける青空の下、過ぎし日その山懐に抱かれたなつかしい山々を見る。榛名(はるな)、吾妻(あがつま)、赤城、日光白根、武尊(ほたか)、そのひとつひとつに思い出が湧く。十年前、初めて大菩薩峠へ登った時、遥かな雲際に白銀に輝く北アルプスを眺め、やがてはあの山もと心に決したのがやみつきになり、より高きに憧れる心を募らせた自分である。現在(いま)に切実に人の世の孤独を知るにつれ、高きも低きも、峻険も温容も、自分の心を喜ばせ自分の心を慰める唯一と思っている。
 霧雨は晴れた。尾根上に出れば、いつ見ても印象的なマチガ沢の左岸の岩壁の上を、霧は白く濃く巻いて風とともに去る。相当に風が強い。じっとしていると寒くてやりきれない。ここからは急勾配の尾根をたどる。トマの耳は、霧に隠されて見えない。湯桧曽川を隔て、わずかに白毛門の頭、茂倉山の緑のピラミッドが見えるのみ。笠、朝日、七ッ小屋方面はぜんぜん見えない。遭難三氏の碑の傍らを目礼して過ぎ、ゆっくりと歩を運ぶ。この碑の直前の突起あたりから、岩質は接触変質岩となるらしい。ホーンフィルスの黒ぐろとした肌を見る。
 ザンゲ岩を頭上に仰げば、登行も終わりに近い。ザンゲ沢とマチガ沢の枝沢の尽きるところの尾根は右方に曲がり、ゆるやかな高原となる。熊笹のシーツは遥かに天神尾根に向かい、ゆうゆうと流れ落ちている。りんごを頬張りながら友を待つ。霧は相変わらず山を這い回っている。その晴れ間をねらって爼嵒(まないたぐら)の岩壁を一枚撮影する。
 ここから頂上は二十分とはかからない。岳樺がつきれば這松、石楠花(しゃくなげ)が現れ、急登して三角点に出る。一面の霧の中で、マチガ沢から登ってきたという先客に会う。三角点直下の日溜りで弁当を食いつつ、霧の晴れるのを待つ。
  
タグ :谷川岳


Posted by 松田まゆみ at 12:47Comments(0)谷川岳に登る

2009年03月03日

谷川岳に登る(2)

 暖かい。尾根ひとつ背にすれば冬と夏とまでいかなくても、早春と晩秋くらいの気温の差がある。僕のすぐ前の粗面アプライトの岩盤上に、一匹の爬虫類が日なたぼっこしている。その灰色の背はほとんど動かないが、柔らかそうな腹と咽喉は呼吸するたびに静かに広がったり縮んだりする。トカゲといえば不気味なものだが、よく見ると何とも美しい目をしているではないか。その黒曜石よりも濃い生き生きとした眼球は、僕が生まれて以来、人間の目には見つけられなかった美しさだ。僕は一日中この小動物と遊んでいたい気がした。が、彼女の姿をカメラに収めるや、まだ動かないでいるその愛らしい背に石塊を投げつける。人間の心理状態なんておかしなものである。トカゲは叫び声もたてずに熊笹の茂みに石とともに落下し、僕の手には弾力ある手応えが残ってしばらく消滅しなかった。
 さて、霧は晴れた。ここで「いいなあ」という賛嘆詞の十数回目を口に出す。事実、万太郎谷の緑の傾斜、オジカ沢の頭に続く鋼鉄のような尾根、粗面アプライトの岩肌を露出した沖の耳の尖峰、それに続く一ノ倉、茂倉の尾根は幾回見てもあきない。確かに、東京近辺における最もアルプス的な景観である。這松と石楠花とすでに紅葉したどうだんの密生した尾根を、沖の耳に行く。最高点から少し下った這松の中の小さな祠は浅間神社の奥の院であるが、気のつく人はほとんどいないらしく、ちょこなんと淋しげである。僕はここへ来るとこの忘れられた祠に同情が湧き、そのトタンの屋根を二、三度撫でまわすことにしている。
 霧の晴れ間にマチガ沢を登ってくる岩登りのパーティーが、トマの耳直下の岩棚で休んでいるのが見える。一ノ倉の谷は霧がもうもうと立ち込めて何も見えない。晴れてさえいれば、万年雪が見えて喜ぶことができるんだがと思う。遠く湯桧曽川の瀬音が聞こえるのには驚いた。霧の中にじっと立ちつくしていると、何か現実とかけ離れた気持ちになる。このおそろしく不透明な精神状態を静かに揺り動かして、数人の男声合唱が鼓膜をふるわせる。岩登りの途中らしい。歌声は高く低く断続して、峰々に響き合う。周囲の山々のたたずまいが立体的な美であるとすれば、この歌声は第四次元的な美といえる。僕は歌声がいつまでも絶えないようにと願っていたが、期待は五分と続かなかった。
 トマの耳に帰り、スケッチブック二枚のデッサンを描きなぐる。生来、絵は下手である。だが絵を描くのではなく形を描くのだと思えばべつに腹も立たないし、またこうやってスケッチブックを開いているだけでなかなかいい気持ちである。
 正面に見える爼嵒(まないたぐら)の岩壁は、凄惨なまでに切り立っている。湯桧曽川を隔て、蹲(うずくま)るのは武尊(ほたか)である。こちらよりは標高が高いのに低く見えるその後ろに、褐色の岩肌を見せているのは至仏である。あの向こうに尾瀬の夢のような湿原が横たわっていると思えば、このまままっすぐ飛んでいきたい思いである。至仏の東麓、絵葉書で見るチロルの山小屋風景そっくりな山の鼻小屋の印象は、今もまざまざと飛びゆきたい感情を刺激してやまない。
 午後一時、やっと重い腰を持ち上げて帰途につく。薬師平で記念撮影をしているうちに、岩登りのパーティーに追い越される。これでどうやら僕らが谷川の頂上を去る今日最後の組らしい。一人大声で歌いながら、天神様の長い尾根を下る。右手の爼嵒(まないたぐら)が午後の陽に照りかえるのを眺めつつ、透明な空気の中をひた下りつつ振り返れば、薬師岳はそれにしたがってぐいぐいと天空に盛り上がってゆく。薬師平の側面が西黒沢に向かい急激に落下するところ、ホーンフィルスの黒ぐろとした鉄盤にきわだって白く一条の滝を垂下させている。このあたりから天神峠にかけては最もその雄偉な姿を見る人の目にやきつけさせる。田尻沢からの新道に出合えば、天神峠は目と鼻の間である。峠でイヌに会った。このポインター種の牝犬は、キャラメルを紙ぐるみ食ってすましている変わりものである。
 これから谷川までの憂鬱な急降路を考えると、ここへ一晩泊まりたくなる。小憩の後、すでに頭を雲に隠した耳二つに別れのウィンクを送って、犬を先導に下る。Iさんは下りならば自信ありげである。Tさんは膝が笑ってしょうがないと、おかしな形容詞を用いる。僕は登りは好きだが、下りは大嫌いである。膝の奴は笑うどころではなく、くしゃみをしている。それでもフニクリフニクラを歌いながらよちよちと下る。ここに最もくやしきはかのワン公である。いとむくつけき腰をふりふり急速に駆け下り、僕らの追いつくのを途中で待っている。彼女の眼色はまさしく人間様を愚弄(ぐろう)している。待っては下り待っては下り、とうとう彼女は待ちくたびれたとみえ途中からもう待ってくれなくなった。
 このいやな下りもかすかな沢水の音が聞こえはじめるともう先も短い。沢辺で草鞋を脱ぎ足を洗って靴に履きかえ、同時にエネルギーを補給する。先ほどまで花崗斑岩であった岩質は、ここから第三紀層の凝灰岩、頁岩(けつがん)に変わる。すっかり腰を落ちつけたIさんを時間がなくなるとおどかして出発する。事実、時間はあまりなかった。しばらくケルンに導かれて道のない沢下りをすれば、いつの間にか良い道となり歩行も快適にはかどる。山間はすでに暮色を漂わせ、水楢、栂、檜の緑の影も濃い。木の間に夕映えの空を見つつ、女郎花、吾亦紅(われもこう)、あきからまつ草の咲く小道を下る気分は、一日の山旅のエピローグにふさわしい。
 谷川のスキー場を過ぎれば周囲は里の匂いが濃く、午後六時の黄昏の中に谷川の湯宿を左手に見送り、水上への蜿々(えんえん)たるドライブウェーに出る。山峡の落日は早い。振り返る国境山脈の山頂がわずかに薄桃色に映えたと思う間に、あたりは青磁色の世界に沈潜する。見よ、行く手に高く星光の二つ三つ。
 こころよく疲れたワンダラーは、黙々と駅への道を急ぐ。
  

Posted by 松田まゆみ at 13:48Comments(0)谷川岳に登る