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2009年01月27日

石老山顕鏡寺(1)


注:「トベラの島」がこの作品「青春挽歌」の前編になります。

 Sとの別離は同時に、私の青春への離別となった。二十六才の晩秋の一日を、私は一生忘れることができないだろう。

 幾度か訪れるうちにすっかり親しみ深い町となってしまった与瀬(よせ)だったが、今日のように静かで陰深い与瀬の町は初めてだった。日曜とはいえ、さすがに師走が近いのだ。都会のハイカーの姿も見当たらず、土地の人の影さえほとんど見えなかった。見覚えのある土蔵の傍らに、真紅の鶏頭の花が爛熟した頭を重そうに垂れている。夏は、確かそのあたりにおしろい花が咲き乱れていた。
 与瀬という町の名は、山窩(さんか)のヨセバ(寄合場)からきたのだという。昔は、山窩の集合所だったのだろう。道にはうっすらと霜が降りている。
 Sはさっきから、道に捨てられてあったさつま薯を蹴とばしながら歩いている。薯の半面は白い霜だったが、今は赤茶けた表皮に無数の傷ができて無惨な姿になっている。
 町を通り抜け、道は次第に下っていって桂川を吊橋で渡る。橋の真中で薯はついに川の中に蹴落とされた。白茶けた拳大の塊が音もなく落ちていき、小さな波紋を残して水中に吸い込まれる。青黒に何ともいいようのない色の流れが渦巻き、淀み、後から後から止めどなく押し流されてゆく。
 川上は、積み重なった段丘の間に屈曲して見えない。そして、もうそのあたりには冬の色しかない。十一月というのは、何と悲しい色を持っているのだろう。
 Sとの山行も、今日限りでおしまいになるという。昨日そんな話を聞いて、急に思いたった山旅だった。過去三年の間、Sとの山行はたび重なって幾回になるだろう。北ア、秩父、上越、甲武相(こぶそう)、南アと、この山行の連続が、今日限りでおしまいになるというのは何といっても淋しいことだった。しかし、そのくせ何とはない安堵感のようなものが、私の胸の奥に生じたことも事実だった。なぜだか、私にはよくわかっていた。
 三日前の電話でSは、「これが最後の山行よ」と言った。
 川を越した道は、今度は段丘を上る。雑木林の中の道は急に細くなって、落葉が私達の足元でカサコソと鳴る。二人だけの足音がようやく山旅らしい感慨を誘う。幾曲がりかして登り切った小さな峠には、こましゃくれた石の地蔵さんがちょこなんと一人晩秋の光を浴びている。そしてその前に小さな黄色い草地があった。
「少し休んでいかない?」
 私はザックを下ろして言う。Sは黙ってうなずく。
 ほとんど葉の落ちた雑木の上に、甲武相国境の狐色の連嶺が長々と見渡される。それは澄み切った空の下に、暖かそうに陽を浴びた草の嶺である。
 今年の春、小糠雨のそぼ降る日にあの向こう側の谷合を、同じSと歩いた日のことを思い出す。あの時、霧雨の中に手毬(てまり)のような紫陽花(あじさい)の花が幾つも幾つもぼーっと現われては消えた、妙に印象的な風景をふと思い浮かべる。
 あの日、藍ねずのスーツを着ていたSは、今日は黒のワンピースを着ていた。すらりと背の高い混血のSには黒のワンピースがよく似合う。
 引き締まった美しい姿態。私にはSがほんとうの姉のように思える時がある。三つばかり年上だからだろうが、今日の言葉少ないSは特にそうだ。そのことを言葉に出して言おうかなと思った時、急に下の方から下駄らしい足音が聞こえてきた。
 やがて木の間に最初に現われたのは、小さな桃割れの頭だった。その晴着を着飾ったお百姓の娘さんは、私達に気がつくと恥ずかしそうにうつむいて小走りに前を通り抜けた。
 後ろ姿を見送っていると、頭の桃割れがぴょこぴょこといつまでも桑畑の上に見えている。
「桃割れはいいなあ!」
 Sが嘆息と一緒に言う。
「あの年頃がなつかしい? 姉さんもあんな時代があった?」と私が聞くと、「ところがないのよ。おかっぱで暴れているうちに、大人になっちゃった」と言って、彼女は立ち上がる。私もザックを背に立ち上がる。
  

Posted by 松田まゆみ at 17:08Comments(0)青春挽歌

2009年01月28日

石老山顕鏡寺(2)

 道端には一寸ほどの霜柱が、真黒な土を被って並んでいる。ときおり頭の上で竹林がサヤサヤとさやぐ。この辺には竹林が多い。風が吹くたびに、ちかちかと葉末が光る。竹林は良い。直截で端正でいつもすがすがしい。
「石老山顕鏡寺」
 石に刻まれた筆太の文字、いつか私達はその前に立っている。この禅寺が石老山の登り口だった。
 私は禅寺が好きだ。何よりもそのひんやりと沈んだ空気の静かな漂いが好きだ。境内には大銀杏が二、三本、天に向かって大箒(ほうき)を逆さにしたように葉のない梢を聳立(しょうりつ)させていた。
「銀杏は征矢を射落として……」と歌った土井晩翠の詩さながらの姿で、青い天に向かって立っている。根元は一面に黄色い小扇を敷きつめている。Sは立ち上がって、その葉を二、三枚拾い上げる。
「奇麗だわ、この葉っぱ……」
 子供のように目を輝かせて言う。
「僕はもっといいのを拾うぞ」
 私もかがみ込んで拾う。二枚、三枚、五枚と、私の手に黄色い小扇が溜まる。Sも拾っている。
 私はふと探すのを止めて、葉を拾うSの後ろ姿を見る。なぜかSの肩のあたりが思いのほかやつれて見える。その肩の向こうに冠木門(かぶきもん)が見える。
 門内は顕鏡寺の掃き上げた庭である。冷たい風が、その辺りからそよそよと吹いてくる。ひっそりとして人の気配がない。
 無から有へ、有から無へ、永劫(えいごう)に連なる無常感の古びた源泉がその辺りにある。東洋の哲学の静謐(せいひつ)が領している。
 やつれて見えるSの肩。私はもう十年も前に、同じような肩を見た記憶がある。
 十七か八の頃だった。初牛のお祭りの宵である。昼間の賑わいも去り、ローソクの灯の入った紙行灯だけが家の軒にゆらめいている黄昏時、私は四つ年上の叔母と散歩に出た。裏の稲荷には池があったが、その池のほとりに一本の木ささげがあった。稲荷も池も、私の曽祖父が屋敷内に造ったものだったが、その時この木も曽祖父が植えたものだったという。その木を背にして彼女は立ち止まった。いつになくしんみりとした口調で言う。
「キッちゃん、私もうじき遠いところへ行くの。キッちゃんはお母さんを大事にしてあげてね。たとえどんなことが起こっても、兄妹で力を合わせてね」
「どうして急にそんなこと言うの」
 何やら急に不安な気持ちに襲われて、私は聞いた。
「何でもないの、ただなんとなく心配になったのよ……」
「道ちゃん、お嫁にいくんだろう……。おめでとうって言いたいけど、淋しいな、僕」
「道子だって淋しいわ。でもしょうがないでしょ……。キッちゃんがお坊ちゃんだから心配なの。さあ、もう行こう」
「なあんだ、馬鹿にしてらあ。お嫁さんの感傷か」
 彼女はつと、木ささげの幹を離れて歩き出した。行灯の黄色い光が、彼女の肩から手先に流れる着物の線をすらりと浮き出させていた。それがなんとなくやつれて見えたのを、私は行灯の紙に描かれた初午の絵とともに鮮やかに思い出した。
 それから二ヶ月後に叔母は大阪に嫁いでゆき、この五年の後、老舗であった私の家は潰れる。屋敷は人手に渡った。そんな経験があったせいか、Sは結婚するんだな……と私は直感した。昨日聞いた転勤なんてきっと嘘だと思う。その時、Sは私を振り向き、いぶかしげな顔をした。
「何をぼんやりしてるの、坊や」
 彼女は背中に私の視線を感じたらしい。
「ううん、姉さんが今日はばかに女らしく見えるんで、みとれてたとこさ。
「ボンボンのくせに、生意気だぞ」とSはにらむ。
 私達の手帳には、形のよい銀杏の二、三葉が選び出されて挟まれた。
「さあ行こう」
 Sは先に立って歩き出す。私はまたしても過去の道子叔母との会話を思い出す。あの時と同じような会話。昔あったことの繰り返し。何だか、不吉な予感のようなものが私の背を走る……。
 道は、ここからほんとうに山らしい登りとなる。
  

Posted by 松田まゆみ at 17:28Comments(0)青春挽歌

2009年01月30日

石老山頂(1)

 湿った落葉に埋まった道は、足音も立たない。冷たく柔らかい感触だけが足裏に残る。そしてカサコソと二人の足の下で鳴る。私が冬近い山道を歩くのが好きなのは、この落葉の感触がなつかしいからだ。
 風にはらはらと落葉が舞う。黄色い葉、赤茶色の葉、くるくる回りながらSの肩に舞いかかる。もう二日もすれば、すべての葉は落ち切ってしまうだろう。
 去年の十月末、Sと歩いた上越国境、蓬峠の越路を思い出す。白樺の黄、ナナカマドの真紅、その落葉のふりかかる中を、上州から越後へと抜けた山旅……。あの時、一ノ倉の岩壁が周囲の紅葉(もみじ)で溶岩塊のように燃えていた。そして土樽(つちたる)へ下る私達の後ろから、追うように落ちてきたみぞれ。あんな旅ももうSとはできないのだと思うと、踏みしめるひとつひとつの枯葉にも感傷が残る。
 山頂に近づくにしたがって、私達は汗ばんでくる。Sは袖をまくり上げ、私はチョッキを脱ぐ。頂上には露岩が多い。私達は大きな礫岩の陰に北風をよけ、日溜りの草の上に腰を下ろした。苦もなく着いてしまった山頂だった。
 丹沢の幾重にも重なった山脈(やまなみ)を前にして、私達は午餐(ごさん)を摂った。テルモスの紅茶を飲むと、私はごろりと横になる。
「少し寝ようか?」
「うん」
 こうして昼寝をすることは、もう山での慣わしになっている。いつもは簡単に眠り簡単に起きる私達だったが、今日はなかなか寝つかれなかった。私はまぶしさを防ぐために、Sのハンカチを取って顔に被せる。Sの常用の渋い匂いのする香水が、仄(ほの)かに鼻をくすぐる。それが次第に鼻について、よけい眠れなくなった。
 ハンカチを取り去ると、Sの半身がコバルトの空に浮いている。Sは髪を梳かしている。櫛を持って、せわしく頭の上を往復している指に、裸の腕に、秋の陽がぴちぴちと跳ね返る。いつも日焼けして真黒な腕にもこんな美しい瞬間があるのかと思うと、何だかおかしくなって「ふふふ」と忍び笑いが出る。
「何がおかしいのよ」
「おかしいさ。姉さんがそんな女らしい格好をすることもあるのかと思うと、おかしくって……」
 Sの柳眉が逆立つ。
「あるさ、女だもん」
 丹沢山塊は紫色に沈んでいる。幾重にも重なった山脈(やまなみ)が、遠くなるにしたがって薄い青磁色に変わってゆく。右の方のさらに遠い山脈の上に、砂糖菓子のように白い頭を寄せ合っているのは初雪の南アルプスだろう。正面の中空には、忘れられた置物のような富士がぽかんと浮かんでいる。
 突然、Sが言い出す。
「キッチン、私結婚することにしちゃった。十日後には『奥さん』って奴になるのよ……どう思う?」
 予期していた言葉だったが、あらたまって言われると返事に困って、私はとぼけた」
「へぇー! 姉さんでも結婚できるの?」
 私の言葉にSはぷんとして上を向く。その線の強いプロフィルの鼻の下に、例の置物の富士がぶら下がっている。
「まあいいさ。私だって女だもん、一度くらい結婚なんてものもしてみなくちゃ親不孝になるもの……。キッチン、君だって雄のハシクレなんだから、そのうちに結婚するんだろ……。それとも天の夕顔が一生忘れられないの? えへへ、知ってるぞM子のこと……」
 私は驚いた。なぜSがM子のことを知っているのだろう。不思議だった。Sは私の眼を遠慮なくじろじろ覗き込む。いたずらっぽい眼の色だったが、その眼で見ていられたら私は頬のあたりが次第に火照り出し、加速度的に火照りが加わってついに真赤になってしまった。
「ウワーイ! 赤くなった、赤くなった」
 Sは手を叩いて喜ぶ。そうされるとますます赤くなり、焦れば焦るほどいつまでたっても消えなくなった。
「いいとこあるね、やっぱりボンボンだね」
  

Posted by 松田まゆみ at 14:35Comments(0)青春挽歌

2009年01月31日

石老山頂(2)

 M子の名前は、私には禁物だった。Sはうまい代名詞を使った。そういえば、私にとってM子は「天の夕顔」に違いなかった。私の青春は彼女によって花開き、彼女によって終わってしまったといえる。
 M子を幸福にできる自信のなかった私は、自分から彼女を離れた。M子にしてもそうだったかもしれぬ。離れ難い二つの心は、私達自身の意志によって無惨にも引き離された。私の母もM子の母も、二人の将来を許していてくれたのに……。否、周囲の人が許していてくれたからこそよけい、その人々を犠牲にして私達が結ばれることはできないと判断したのだ。お互い長男と長女で、父をなくした私達の肩には、家族を養ってゆかねばならない責任が重くのしかかっていた。その上、M子には彼女の家の経済状況にとってまったく好都合な結婚の申し込みがあった。相手の男性は真面目な青年だった。理性と情熱の間に立って、ついに理性の道を選んだ私達だったが、別れて後の苦しみは経験のある人だけがわかってくれると思っている。
 私は苦しみを忘れるために、暇さえあれば山を歩いた。生きていく希望をほとんど失って、死を予定しての危険な単独登山が幾度か行なわれた。しかし死と生との間にはいつも母や兄妹たちの幻影がちらついて、私に生への努力を続けさせた。手当たり次第に本を読んでM子を忘れようともした。気分を転換することもできず、いかにして生きるかの解答が得られぬままに、気の狂いそうな日々が続いた。
 そうした傷心の旅の一日、伊豆大島南海岸で絵を描いていた男のような女の子Sと知り合った。Sは私より年上だったが妙に気が合い、急速に交際の度が深まった。危険な山行からSと二人の比較的平穏な山行に移り現在に至った経過を振り返れば、私の胸の痛手を徐々に癒し忘れさせてくれたのは実にSだったのだ。言いかえれば命の恩人、再生の恩人はSなのである。
 Sと私、私達の山仲間に言わせれば「興味津々たる取り合わせ?」なのだそうだ。五尺四寸の引き締まった姿態のSは、男子服を着せれば男として通用しそうなほどたくましかった。それが男のような口をきき、男のように振舞うのだから、初対面の人は度肝を抜かれる。「僕」なんてのは良い方で、「ワシ」だとか、ときどきは「オレ」等と言った。なれそめのはじめからすっかり牛耳られた私はSを「姉さん」と呼び、彼女は私のことを「坊や」とか「ボンボン」とか呼んだ。良く言っても「キッチン」だった。
 山仲間のある人は、私のことをSの「若い燕」だと言った。「やっぱり一種の恋人同士なんだろうな」と言う人もいた。「浮気者のコンビ」だとか、ひどい奴になると「セミ同性愛」等と言った。いろいろのことが言われるらしいが、さて「結婚する気なんだろうか」ということになると、誰も確かな答えが出なかったらしい。山仲間が想像をたくましくするのも当然だった。なぜなら私自身、Sが友だちなのか恋人なのかわからなかったのだから……。
 恋愛を結婚へ続く道だと考えるなら、私達の友情は恋愛ではなかったとはっきり言える。結婚ということは二人とも考えていなかった。否、考えることを避けていた。しかし彼女のさっぱりとした態度、魅力ある教養には私は強く魅かれていた。ことに彼女の内面を知る人が少ないだけに、それを知っている私には魅力的だった。外面の強さに似ぬSの弱さ、それがどこからくるのか知らなかったが、なにか哀愁のようなものが彼女全体を包んでいる。
 彼女とは誰よりも心置きなく話せた。だから彼女との山行は楽しく、Sがいないと私の心は気の抜けたビールのようにわびしかった。気の合った山友達を持った人は誰でも知っているあの気持ちよさ、信頼感、気の置けない雰囲気、そんなものがいつもSと私の間には存在しているのだった。
 山旅に出た私達は、楽しく朗らかでいつも悪口を言い合っていたが、心の裏には言いしれぬ淋しさが満ちている。心に苦悩を持つ人が、思い出してふっと淋しさに襲われるあの淋しさが、二人の胸の去来するせいか。それだけではなかった。二人の心の間にはいいようのない空間、空虚が存在していた。それはたぶん、内省とか反省とかいわれる性質のものだったのだろう。終局において結婚のない男女の交際で、友情の支えになるものといっては、こうしたものだけがあるに違いないのだ。わたしたちの交際が絹を隔てた肌ざわりをいつまでも持ち続けることができたのは、この内省のもたらす空間の仕業だったのかもしれない。

「姉さんがお嫁にいくと、相棒がいなくなって淋しいな。だけどしょうがねえや……。姉さんが女だったってことが立派に証明されるんだから、おめでとうを言うよ」
「ボクが女だってことよくわかったろう。以後、女としてつき合いたまえ。何事もレディーファースト」と彼女は威張る。
「女に思われたいんなら、少し口のきき方も、らしくしなよ……。姉さん、お祝い何がいいんだい?」
「要りませんわ、山の思い出だけで沢山ですわっ……てな調子でいいんだろ、いやいいんでしょう」
 急に女らしくシナをつくってSが言う。
「無理をしてるね。そんな調子じゃ結婚してもすぐ追い出されちゃうよ」
「追い出される? 逆に追い出すさ。いや追ん出るよ」
 Sは意気軒昂(いきけんこう)と言う。
「どこの誰だか知らないが、旦那になる人にそぞろ同情を禁じ得ないね」
「ボクと結婚するっていうんだから、相応の覚悟はしてるんだろう。二、三日前に会ってみて、これなら一応イケると思った。尻に敷けそうな面(つら)してるわ」
「自身満々だね。だけど心配だよ、僕は……」
「心配なんてご無用。もともと結婚なんて面倒臭いことをする気はなかったんだから、いやになったら離婚しちゃうわ。そうなりゃ今度こそ思う存分山が歩けると思うと、むしろ嬉しいね」
 私は長息慨嘆(ちょうそくがいたん)した。
「コーヒーでも沸かそうか」
 Sはコッフェルに薬缶をかける。モカの香りが私の鼻をつく。
 彼女はいつの山行も、コーヒーとスケッチブックを忘れない。おかげで私達の山上の饗宴(きょうえん)は、いつもコーヒーとチーズだった。チーズを噛みしめながらSのデッサンを見ている時の私の心は、世界の海図を眺める英国人(アングロサクソン)のように豊かになるのが常だった。この瞬間には貧乏なわが身の生活も忘れて、映画や小説の一場面の人間になれる。こんな時間が、私にときたまあってもよいはずなのだ。だが……。
「S……、僕はいつまでもこんなことしてていいんだろうか」
 ふと淋しくなって、私は言う。
「姉さん、僕はどうしたらいいんだろう。姉さんに取り残されたからじゃないんだ。僕という人間の存在価値なんだ。あるのか、ないのか、僕にはわからない……」
 私は言いかけてふと止める。
「よそう、こんな話し。一人で解決をつけるよ」
  

Posted by 松田まゆみ at 15:57Comments(0)青春挽歌

2009年02月01日

石老山頂(3)

 私は思いっきり苦いコーヒーを舌の上ににじませながら、Sのスケッチブックを開く。数々の山行をともに歩いた歴史が、表紙の手擦れに残っている。めくる頁々に、Sのしっかりしたデッサンが現われる。ああ、その一葉一葉に残る思い出の数々よ。

 尾瀬、至仏山頂
 そこで私達は長い時間、休んだんだった。目の下には遥か燧岳(ひうちだけ)の麓まで広がった尾瀬ヶ原の湿原。そこには大小さまざまの手鏡をちりばめたように、幾つもの池塘が夕日に光っていた。姉さんは黙って筆を動かし、僕は岩に腹這って「夕暮れの歌」を歌っていたっけ。

 秩父十文字峠
 暮れやすい紅の陽が、昼なお暗い針葉樹林の木の間を透かしてちらちらとこぼれていた。苔の匂いのする冷々と湿った道。貴女は船乗りのお父様と貴女の生まれた南米の話をしてくれた。狭い空にピンク色の雲が流れていた。

 谷川岳山頂に近い岩棚の上にて
 霧が晴れないままに、姉さんはスケッチブックを傍らに放り出して、「オーゼの死」をハミングで口ずさんでいた。私はザイルを肩にかけたまま、姉さんの声が厚い霧の壁に反響するのをじっと聴いていた。遥か下に岩登りのパーティーがいるのだろう、ピトンを打つ音が聞こえていた。しまいには私も歌ったね。二重唱のあの悲しげな音律が、濃い霧の中に広がってゆき、他のパーティーがしばし登るのを止めて聴き惚れたという。あれは確かに霧のおかげだったね。

 那須郭公温泉
 雨に降り込められた一日。退屈まぎれに姉さんは珍しく、女中さんから口紅を借りて鏡台の前に座った。僕は蓄音機にワインガルトナーの「英雄」をかけて聴いていたが、あの時の葬送の楽章がとても印象的だった。窓の外は降りしきる銀簾(ぎんすだれ)の雨。その中を濃く、あるいは薄く霧が飛び去ってゆく。ベートーヴェンはあんな雰囲気の中で、あの交響曲を書いたんじゃないだろうか。あの時っきり後にも前にも見たことのない、口紅で粧(よそお)った姉さんの美しかったこと。

 日光太郎山
 山頂で古銭を拾ったという山仲間の話を聞いていたので、その辺をほじくり回ったっけ。だけど瓦片(かわらけ)ひとつ出てこなかった。賽銭箱を開けてみたら、明治三十一年の半銭銅貨と大正十三年の一銭銅貨が一枚ずつ出てきたっけ。太郎は人の訪れも稀な、ぽっつり取り残された頂だった。


 ああ、今日この石老山頂のスケッチでこのブックは永遠に終わってしまう。Sとの交際の糸も切れる。スケッチブックを閉じて返そうとする私の手を、Sは押し戻して言った。
「それ坊やにあげるわ、私の記念に」
 彼女にそう言われると、私は急に胸中が熱くなってブックを胸にかき抱いた。
「ほんとにもらっていい? 何だか悪いな」
 Sの代わりにこれだけが私の手に残ると思うと、何だか無性に悲しくなった。
「姉さん、僕はいつも姉さんに感謝している。僕がこうやって今日まで生きてこられたのは姉さんのお陰なんだもの。姉さんは僕の再生の恩人なんだ。姉さんがお嫁にいってしまったら、僕はまた元の僕にかえるんだろうか? そんな気もするんだけど……。僕は姉さんが好きだ。姉さんはいい人だ、きっと幸せになれるよ」
「ウフン、どうだかね」
「僕は駄目、姉さんと別れて恋人を持つ気はないし、もちろんもうとう結婚する気なんかしない。希望のないこの世の中に、母や弟を養い続ける貧しい生活の連続があるだけなんだ。いったい何のために生きていかねばならないのかなあ」
「坊や、君は意気地なしだわ。もっと強い男にならなきゃ駄目よ。女ってどんなものだか知ってる? 男ってどんなもんだか教えてあげるわ。女は受身よ。男は能動が本性よ。女は男に蹂躙(じゅうりん)されたい一面を持っているの。女を蹂躙してみたまえ、貴男(あなた)の行く道がきっと開けるわ。貴男に生きる勇気が出るわ。私達は少年少女のような美しい夢をいつまでも見続けてはいられないのよ。いやでも夢のヴェールをかなぐり捨てなくては大人になれないのよ。可哀そうだといって、動物や植物を殺して食べずには人間は生きていけないでしょう。理想と現実の板ばさみの中で生きていかねばならないのが、人間に与えられた悲しい定めだわ」
 いつになく熱い口調のSだった。
「貴男は、生(なま)の男になる必要があるわ」
「そうかな? そうかもしれない。だけど僕はこのままどこまでも生きていきたい。たとえ『天の夕顔』の、あの男のような運命に終わろうとも満足できるような気がする」
「馬鹿ね」
 突然、私の腕はきゅっと抓(つね)られた。瞳を上げると、間近にSの茶色の瞳があった。それは笑っているようないたずらっ子のような色を漂わせていたが……。
「気合を入れてやろうか? ……女っていう動物はね、こんなものよ」
 あっという間もなく、Sの顔が私の顔に被さってくる。柔らかい温かいものが私の唇にふれ、熱いものが全身を駆けめぐった。
 沈黙が続いた。真空の中にいるような、息苦しく思考のない沈黙の時が続いた。地球が回転を止めて、鼓膜は音を聞かなかった。
  

Posted by 松田まゆみ at 13:49Comments(0)青春挽歌

2009年02月02日

石老山頂(4)

 陽は西に傾き、冷々した空気があたりを領していた。生まれてからかつて経験しなかった接吻という行為を、瞬時として経験した私達に言葉のない時間が静かに経ってゆく。もうじきお嫁にゆく女(ひと)は、目を伏せてスケッチブックの閉じ紐を指先にまさぐっている。堅く結ばれた唇が、何事もなかったようにしっかりと確かな線を夕焼けの空に浮かせていた。どうしたことか、何やら味気なさが私を限りなく淋しくした。あんなに愛し合っていたM子とは、ただ一度お互いの体温を掌を通して感じあっただけで別れる。今、私はもうじきお嫁にゆく人とどんな行為をしたというのだろう。

「もう降りないと暗くなるわ、降りよう」とSが言う。
「うん」
 私達は立ち上がった。
 そして枯葉に埋まった山道を、ほとんど無言で下っていった。絶え間なく枯葉が散っていた。枯葉、枯葉、音立て踏み散らされる枯葉。私の青春の挽歌か……。引き止めようもなく去ってしまう、私の青春への傷みか……。終わろうとする青春への哀惜(あいせき)が私の胸を締めつける。
 M子もSも、私を置き去りにして嫁いでゆく。残された私にはもう青春がない。私はまた一人ぼっちの危険な山旅をやるのだろうか。いや、たぶんそんな危険を冒す勇気もなくなるだろう。なぜなら、私にはもう無鉄砲な青春がなくなったのだから……。
 気分を変えるようにSが歌い出した。曲は「落葉のワルツ」だった。私はニノン・ヴァランの歌うこの曲が好きだった。作曲者のアーンはニノン・ヴァラン夫人が好きだったのではなかろうかと思わせるほど、このニノンに捧げられた曲は甘くそして悲愁を帯びていた。
「キッチン、ごめんね。M子さんに悪かったかな? 君のきれいな夢を破っちゃって少し後悔してるのよ、ごめんね」
「姉さん、そんなんじゃないよ。僕はむしろ嬉しいんだ。僕は大人になれるような気がしている。きっとなれるよ。さっきから、僕は自分の青春の挽歌を聴いている。もう戻ってこない青春だと思うと少し名残り惜しいけど、大人の世界がこれから始まるかと思うと、何だかそれも悪くないような気がしてきた。
「何言ってるの、青春が終わったのは私で、キッチンはまだこれからよ。貴男(あなた)は今までほんの子供だったの。青春はこれからよ。これから恋愛して、いい女性と結婚するの。女なんて星の数ほどいるわ」
「フーン、それじゃこれからうんと浮気しようかな。ドン・ファンになるよ。姉さん、今度は僕が気合入れてやろうか」
「まあ、あきれた子。アハハハハハ」

  キッチン キッチン その意気だ
  その意気 その意気 虫の意気
  キッチン キッチン その意気だ
  押しちゃえ 押しちゃえ その意気だ

 子供の歌の節に合わせて、私達は山を跳び下った。
 黄昏迫る頃、私達は顕鏡寺を通り過ぎた。そして夕闇の中を、桂川を渡った。与瀬の町にはすでにちらちらと灯がともっている。私達の足はまだちっとも疲れていなかった。
  

Posted by 松田まゆみ at 11:29Comments(0)青春挽歌

2009年02月03日

大垂水峠越え(1)

 新宿行きの列車には十分間に合う時刻だったが、私はもっと歩きもっと話したかった。もうSとの山旅はこれっきりだと思うと、汽車へ乗ってしまうのが心残りだった。
「S、浅川まで歩かない? 大垂水峠越えさ……。終列車には間に合うと思うよ」と私は提案した。
「魚心あれば水心って奴かな? 歩くわ。これで最後だもの。一晩中歩いていてもいいわ」とSの答え。
 私達は駅を横目に素通りしてしまった。すでに人の顔も定かならぬ与瀬の町には、鰯(いわし)を焼く匂いが漂っている。その匂いを嗅ぐと、急に思い出したように空腹を覚えたのは私だけではなかった。私達は町はずれで鯛焼きを買った。舌を火傷(やけど)しそうに熱い「あん」だったが、その味は今でも忘れることができない。
 道は街道だけに幅広く、おそらく真暗になっても闇夜でない限り歩くのに不自由は感じなかった。まして今日は満点の星空を約束するように、丹沢山塊の上に広がる藍色の空にはもう一番星がまたたいていた。
 そよそよと冷たい風が吹いていたが、歩いている私達はほとんど寒さを感じなかった。人影もない白い砂利の道が、山裾を縫ってゆるい勾配でどこまでも上り続けている。左手は小仏峠に続く連嶺の斜面、右手は桂川の広い谷で耕された段丘が、小さな林やこんもりと森にとり囲まれた人家を載せて、次第に低く末は曖昧模糊と青黒く煙って見えない。
 私は、伊豆の大島で初めてSと会った時のことを思い出していた。
「坊や、何考えてる?」
 Sに聞かれて私は「大島のことさ」と答える。
「ああ、そうか! あの時のこと……。あの時そういえば君の顔には死相とでもいうのかな、放っといたら死んじまうんじゃないかと思うような、何ともいえない陰りがあったの。気になって後をついていって、つい言葉をかけちゃった……。早いなあ、あっという間にもう今日になっちゃった」
 Sの述懐で、私はあの当時のことを目まぐるしい映画のカットを見るように思い出していた。
 濃いコバルトの海と空、Sと式根島に渡った鴎(かもめ)のようなスクーナー、イギリスの船室風のSの家の応接間、Sの母、花びらの浮いていた夜の露天風呂、蒼茫(そうぼう)と暮れゆく式根大山の山頂、芒(すすき)の原、東京湾の見える海辺、夜の帆走……。思えばそれらが私達の友情にはるばるとつながっているのだ。
 夜は人の心を落ち着かせる。先を急ぐ旅人も「夜道に日暮れなしか」と焦る心も静められる夜の旅だ。まして私達には先を急ぐ何の理由もなかった。
 しみじみとしたものが、二人の心に交流する。
「あれから三年、キッチンはどうか知らないけど、私は満足だったわ。美しい青春だった。君がいなかったら私の一生の青春の頁は、何も書くことがない空欄に終わったわ。私は潮時だと思ったの……。若い前途のあるキッチンを、私と山に縛りつけていつまで歩き続けるかと、近頃いつも考えていたの。私はお嫁になんかいきたくないわ。いつまでもキッチンと山を歩いていたいの。だけど生きるためには潮時ってものが大切だって人に言われたの。確かにそうだと思うわ」
「うん、だけど姉さん、結婚して幸福になれる?」
「そんなことわかんないわ、ぶつかってみなくちゃね。幸福ってのは何だろうかって考えたことあるでしょう? 私はキッチンとの山旅が楽しかった。その時どきに、私は幸福だと思ったわ。けれども、それはほんとうの幸福ではなさそうなの。幸福には、それと同じ量の苦痛を伴うはずだわ。キッチンとのつき合いには苦痛がないんだもの」
「幸福と苦悩が楯の両面だってことはわかるけど、僕と姉さんは結婚してないんだもの、片っ方がないのは当然じゃない?」
「そうよ、その通りよ。私達は結婚できないの、だから苦痛もないわ。一個の立派な楯になる資格がないのよ」
「結婚できない?」
「うん、できないわ。したらきっと幸福より苦悩の方が多くなるわ。キッチンにはそれ、わからない?」
「わからないな」
「私にもよくわからないの。でも、そんな気がするのよ。だいたいキッチンが可哀そうだよ、こん女房じゃあ……ハハハハ」
「そんなことはないけど、姉さんを……ほかの女の人にしてもそうだけど……幸福にできる自信なんか僕にはないよ」
「まだキッチンは若いの、結婚なんて考える時期じゃないのよ。生活の設計はまだまだこれからよ。私はもう時期なの、私は結婚するの。苦しみや悩みがきっとくるわ。その連続かもしれない。だけど幸福といわれるものだってくるかもしれないわ。どんな結婚だって、絶対に幸福だって言いきれる結婚なんかないわ。不幸だって言いきれるものもね。私は情熱家なの。自分を抑えきれない時があるの。自分で自分が怖いくらい。これからもいろいろつまずくわ、きっと。だけどその代わり私だって取り柄はあると思ってる。自分を隠さないの。隠せないの。自分を偽らなければ、いつかは存在価値が認められると思ってるのよ。間違いかな? 間違いでもいいわ。そのためになら自分を滅しても私は悔いないわ。こんな気持ち、未知の人との結婚に対する不安を追っ払いたいためだって言われるかもしれないけど、でも正直に言って未来に対する期待だって、ちょっぴりだけどあることはあるわ」
 いつにないSの能弁だった。そしてこれほどまでに自分を考えているSに比べ、私自身が急に恥ずかしくなった。
「姉さんごめんね。僕も生きるということをもっと真剣に考えなくちゃいけないね。しかし僕は駄目なんだ。僕は落伍者だ。現実に真向かうことのできないロマンチストだ。僕なんかこの地上から消えてしまうべきだ」
 私の自己嫌悪の表現に対して、彼女の顔はキッと引き締まった。
「キッチン、私たったひとつお願いがあるの。どう? 聞いてくれる?」
「うん、聞くよ」
  

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2009年02月04日

大垂水峠越え(2)

 道端の人家から座繰(ざぐり)の音がする。ブーンブーンと単調な響き……。私はその音を聞きながらSの次の言葉を待った。
 Sが言い出さないままに、私はこんな寒い晩まで糸を繰る娘の、赤くふくらんだ指を思い浮かべていた。しかしSが話し出さないのは、ほかに理由のあったことがすぐわかった。一人の男が後から追いついてきていた。そして私達に並ぶと、ぴょこりと一つ頭を下げてから話しかけてきた。
「どちらへお出でです?」
 私は、この突然現われた芳(かんば)しくない道連れに話の腰を折られて腹がむかついたが、仕方なく「浅川です」とぶっきら棒に応えた。
 男は驚いたような顔をした。
「この夜道をですか? あの、東京の方では?」と言う。
「そうですよ、終電には間に合うでしょう」
 男は首をひねって「さあ?」と言った。
「よほどお急ぎにならなければ」とつけ足してさらに続けた。
「私はこの先の天下茶屋の者ですが、ひと風呂浴びて与瀬から終列車でお帰りになったらいかがです? うちの車でお送りしますよ。浅川まで歩いては大変ですよ」と言う。
 天下茶屋という鉱泉宿のあることは私も聞いていた。わりあいに高級な連れ込み宿であるということもついでに聞いていた。
「おじさん、僕らはご覧の通りのハイカーで、そんな金持ちじゃないよ」
「山登りの方はときどきお寄りになりますよ。お風呂はお二人様で一円、お泊りはお一人様三円。美女谷温泉あたりより、うちの方がずっと閑静で。お出でになる方々のお人柄が第一違いまさあ……」
 聞きもしないことをよく喋る男だった。
 いつの間にか、日はすっかり暮れている。満点の星空である。私はふと風呂へ入りたい気分に誘われたが、連れ込み扱いされると思うといやな気持ちになって、すぐには次の言葉が出なかった。男は何と勘違いしたか、「ね、そうなさいまし」と言ってSを振り返った。
「奥様それがおよろしいでしょう」と言う。Sの片頬にえくぼが浮かんで、小さく「フフフフ」とふくみ笑いしたようだった。
「おじさん、僕らはそんなんじゃないんだ。泊まったっていいけどお金は六円しかない。帰りの電車賃がなくなるよ」
「ご冗談を? アハハハハハ、宿料なんかいかようにもご相談に乗りますよ」
「冗談じゃない、今のはヒヤカシだよ」と私は慌てて手を振る。
 Sと私はこれまで何回か山小屋や温泉に泊まった。ちょうど仲のよい姉弟のように。しかし今日はいつものように気軽に沈没する気になれなかった。
 私はSを返り見た。Sの顔には何の動揺の色もなかった。
「沈没しちゃおうか」と言えば、「うん」と言いそうな顔にも見えるし、「今日は駄目」と叱られそうな顔にも見えた。
 私はわからないままにしばらく沈黙を続けた。私の心の奥底で、なぜ「止す」とはっきり言えないのだ、という言葉が弱々しく囁(ささや)かれた。やがて夜目にも白く「天下茶屋へ」と記された標柱の前に立ち止まると、男はもう一度「いかがです、休んでいらっしゃいまし」と言った。私は、私の網膜からSとどてらで寛(くつろ)ぐ姿を追っ払いながら言った。
「おじさん、またこの次に来るよ」
 男は団栗眼(どんぐりまなこ)をきょとんとさせて頭を掻いた。
「そうですか、それではまたこの次に是非」と言って、標柱の後ろの暗がりの中に消えていった。
 何とはない味気なさが残った。二、三十メートルも沈黙して歩いただろうか、Sは立ち止まって天下茶屋の方を降り向き、標柱を闇にすかし見る素振りを示しながら言った。
「あの標柱がね、この辺にあったとしたら……、もしあんなに早く現われなかったら、私は泊まっていこうってきっと言ったわ。そしたらキッチンどうするつもりだった?」
「もちろん泊まったさ……、いやわかんない」
 私はあいまいな言い方をした。
「私は危険な女ね」
「いや僕が弱虫なんだ」
 白い標柱は遠くうすぼんやりと闇の中に突っ立っていた。運命の神に静かに手繰られてゆく糸の末端を、なすこともなくただじっと見送る人のように、刻々遠ざかる糸を私達もただ突っ立って見ていた。
 勇気とはその糸の末端を掴むことか、見送ることか。愚かな私には今もってわからない。運命の岐路に立った人間は賭けをしているみたいなものだ。その判断は計算ではない。
「エエイ、やっつけろ!」そういう男に私はなりたいと思った。
 しかしSは違ったことを言う。
「キッチンはいざとなると強いね、難攻不落かな。私はやっぱり女だわ、駄目ね。林芙美子さんじゃないけれど『やっぱり私はただの女でございました』か!」
 先日築地で見た放浪記の台詞(せりふ)だった。
「S、男って奴は賭けができないようでは駄目だね。理論だけじゃ何も実行できやしない」
「キッチンの場合、おおいに必要だね。だけど賭けよりもっと必要なものがあると思うよ」
「姉さん、それ何だい? 言ってくれよ」
「言ってくれって言わないでも、言おうと思ってた。さっき言いかけたことも同じこと。……その辺で休んで話そうか」
  

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2009年02月05日

大垂水峠越え(3)

 私達は道の左側の斜面を二十メートルほども登った枯れ芒(すすき)の中に腰を下ろした。目の下に素晴らしい風景が展開していた。
「奇麗だわ」
 Sが嘆声を上げる。
 足元に白くうねる街道から向こうは、次第に闇の黒さを増す桂川の谷である。それは底知れぬ海のように深い。この細長い入江は丹沢と道志の山襞(やまひだ)に深く食い込み、ちょうどあのスカンジナビア半島に多いという峡湾(フィヨルド)の夜の風景を想像させる。丹沢も道志の山も青黒く聳え立って、昼間より高く険しく見える。何よりも美しいのは、山裾や段丘のあちらこちらにかたまりあって灯る村落の燈火だった。その灯はフィヨルドの岸近くに漁(すなど)る漁船の漁火(いさりび)に似て、スウェーデンかノルウェーにいる錯覚をおこさせた。空には秋の星が一面にきらめいていた。
「S、僕はビョルソンの小説の中にいるような気がする。森、流氷、フィヨルド。またロマンチストって言われるかな?」
「そうね、私はグリークを思い出していた。イ短調のコンツェルト、それともハ短調かな?」
「北欧へ行きたいな、姉さんと」
 Sと私は枯草の中に寝ころんで空を見た。地上の景色には耐えられないノスタルジーがあったのだ。
 空にはオリオンが大きく立ちはだかっていた。天頂のペガサスの四辺形、泣き濡れる七人の姉妹星プレアデス、カシオペア、セフェウスの星々。山の峰近く、眉よりも細い月が昇っていた。北原白秋の歌った金無垢の月である。
 星こそギリシャ人の叡智のまたたきである。私は星を見るのが好きだ。純潔と狩猟の女神アルテーメス、美と裁縫の女神アフロディティ(金星)、ジュピター、神の使者ヘルメス(水星)、イルカと戯れるキューピット。人の世の縮図が美しく描かれている天。
「姉さん、カシオペアは一年に一度、逆さにならなければならないんだってね。王女のアンドロメダはまだ両手を鎖で縛られてるんだね。ペルセウスは飛行靴を履いて颯爽(さっそう)と飛んでるね。あっ、オリオンの腰の剣があんなにきらきら光ってる。あっ、星が飛んでる、あすこだ『ヨブの柩』の横のところだ。
 私のお喋りをSは黙って聴いているようだった。いい気になって、私は読んだばかりのギリシャ神話のヘラクレスの話など喋っていた。
 気がつくとSはいつの間にか起き上がっていた。向こう向きのSの肩のあたりが小さく波打っていて、何だか様子が変だった。私は「どうかした?」と聞いた。Sは答えなかったが、その代わりかすかなすすり泣きのようなものがかなりはっきり耳についた。Sは泣いていたのだ。
 私は驚いて「お腹でも痛いの?」と聞いた。Sはかぶりを振って否定すると、「何でもないの、少し放っといて」と今度ははっきりとこみあげながら言ったが、それとともに泣き声は大きくなった。
 私は何がなんだかわからなかった。どうすることもできないままに、例のフィヨルドをぼんやり眺めているほかに仕方なかった。
 Sが泣いている。男のような女が泣いている。今まで知らなかった女としてのSが、私の前に泣いているのを私はなす術もなくただ眺めていた。

  此処過ぎて 愁(うれい)の市へ
  此処過ぎて 永遠の傷みへ
  人は行く

 この無意味な空間に何の意味もなく、そんな文句が思いだされた。

 やがてすすり泣きは次第に収まってきたが、Sの肩は夜目にもそれとわかるほど小刻みに震えていた。私は急にその肩がいとおしくなって、そっとその円い肩に手を置いた。
「姉さん、どうした。何か僕が気にさわることでも言ったの?」
 同時に急にSの肩が動いて、私の胸に柔らかい重みが加わった。髪の匂いがあたりにゆらめき、生温かい涙が私の指を濡らした。私はおそるおそるSの肩を抱いた。柔軟な皮膚のかつて感じたこともない感触が私の腕を伝って、大きな波の高まりにも似たものが私の胸を領有し、みるみるうちに真黒な翼を広げていった。
 私は抵抗した。なぜかしらず、私はその黒い翼に対し必死に抵抗した。
 私の腕の中には女(おんな)がいた。
 もうじきお嫁にゆく女(ひと)がいた。
 幸福がこの女(ひと)を待っている。この人は幸福にならなければいけない人だ。きっとならなければいけない。リオグランデの裏街で異郷の人の子として生まれ、母の顔も見ぬうちに異郷の日本に連れてこられ、見知らぬ日本の母に育てられ、十六才の時に血のつながるたった一人の父に死別した女(ひと)よ、「姉さん、あなたはきっと幸福になれるでしょう、きっと幸福になってください」と、私はそんな意味のことを言葉には出さずに胸の中でもぐもぐと夢中で口走っていた。
 そのうちようやく私は言うべき言葉を口に出せるようになった。Sの二の腕をしっかり掴んで、「姉さん、姉さんはきっと幸福になれるよ」と言ってはみたものの、私の声もわれながらどうしようもないほど震えて言葉をなさなかった。不思議にも、自分の頬に自分の涙が伝わって流れるのを、他人(ひと)の涙がわが頬を伝うように思われた。
 すすりあげながらSは顔を上げた。エーンエーンと星明りに駄々っ子の泣くような手放しの顔だった。私はポケットから急いでハンカチを引っ張り出して、彼女の顔にかけた。涙を拭ったSの顔が私の胸の中で無理に片えくぼをつくった。星明りにまだ涙がまつげにちらつき、夜開くという月下香の花のように匂った。子供のようにあどけないくせに、かつてみたことのないSの美しさを私は見た。
「恥ずかしいわ私、泣いたりして……。ごめんね」
「どうしたの、僕どうしようかと思ったよ」
 Sはぺろっと長い舌を出して微笑んだ。
「歩こうか」
 私はリュックを背負って立ち上がった。Sは座ったまま私にさっきのハンカチを差し出した。
「姉さんにそのハンカチ、記念にあげる」と言うと、私は彼女の両手を取って引き起こした。Sの手は氷のように冷たかった。
 街道には風が吹いていた。枯葉がカラカラと私達を追って飛び過ぎる。
 私はSの手を離さなかった。私の掌の中にあるそれは、芋虫のように柔らかくて冷たかった。初めて私の掌の中にこうしてじっと暖められているこの手は、もう二時間もしないうちに永遠に別れてゆく手だった。

  

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2009年02月06日

大垂水峠越え(4)

 大垂水峠もいつしか過ぎ、道は下りになっていた。相変わらず、枯葉が背中を丸めて私達の足元を転がってゆく。
「姉さん、僕に言いたいことがあるって言ってたね、あれは何?」
「ああ、あのお願い? もういいの、言わなくても」
「でも言ってくれよ。もう二度と聞けなくなるんだから」
「何でもないのよ。じゃ、半分だけ言うわ。私はさっきの涙で私の青春の夢をすっかり洗い流したの。さばさばしたわ。君もM子のこと、さっぱり忘れた方がいいわ。他人の奥さんになっている女(ひと)のことをいつまでも考えるなんて、男らしくないわ。私がいなくなっても、もう死ぬなんてこと考えちゃ駄目よ。これが私のお願い」
 私は急に目の中が熱くなった。
「うん、わかった姉さん。言われるまでもなく、僕は今日限りM子を忘れる。過去の思い出として姉さんもM子も決して忘れられはしないが、僕の将来にとっては有機的な現実的な何物でもないんだもの。僕はさっぱりと忘れる。姉さんはほんとうに僕の再生の恩人だね。お互いに、姉さん、希望を持とう」
「そうね、私達、希望を持とうね。そうだわ、今日の山旅が私達にとってほんとうに有機的であるように、私達は希望を持ち、どんなことが起ころうともそれを持ち続けると約束しない!」
 目を見張ってSは言う。
「賛成。何か困難に突き当たって希望を失いそうになったら、今日を思い出して勇気を出そう。さあゲンマンだ」
 私達は小指を組み合わせた。
「ついでに姉さん、さっき言ったあとの半分のお願いって奴、言ってしまえよ」
「ホホホ、言ってもいいわ、驚かないでよ。それはね、たとえばよ、キッチンが私を玩具(おもちゃ)にして平気で捨ててっちまうくらいの図太さを持って頂戴って言おうと思ったの。それくらいにしても君にはちょうどいいくらいだからよ。でも今は違うわ。キッチンは勇気があるわ。私は負けたと思った。だから、このお願いは取り消しよ」
「なあーんだ、取り消しか……まあいいや。僕は勇気が必要になった時、姉さんの眼を思い出すんだ。そして困難に打ち勝った時、姉さんの眼に接吻するんだ。僕は負けない。どんなことがあっても生き抜いてみせる」
 私達はしっかりと手を握り合った。
 青春の日は終わった。今日限り。明日からは成年の世界に入る。
「さあ、青春の挽歌を歌おう、今日限りなんだ!」
 私達の歌声が誰もいない街道を流れてゆく。道には霜が降りてきた。路傍には、真白な野地菊が群がり咲いていた。それは紗を通して見る花のように形も定かには見分けられなかった。
 強い風が吹いてきた。立木の梢を鳴らして冷たい風が吹きまくってきた。寒い北風の季節に入る前ぶれのように、風よ吹け、もっともっと吹き荒べ!
 私達の青春を吹き散らして風よ吹き荒べ。風が強ければ強いほど、私達の前途への希望は、期待は、大きく膨らむのだ。


附記

 それから三日後、結婚式のために式根島へ帰るSを見送って、私は東京湾に行った。木枯らしの吹き荒ぶ日で、私はSと堅い別れの握手をした。
「姉さん、幸福を祈るよ」
「キッチン、約束忘れないわよ」
 遠ざかる菊丸の甲板の上で、Sはハンカチを振っていた。私のハンカチだった。いつまでもいつまでも、私はじっと立ち尽くしていた。不覚にも涙が湧いてきて仕方がなかった。


*    *    *


 石老山の山旅を書いていたら、いつの間にかSとの別離が主題になってしまった。書き始めた以上、私は自分の青春の記録を全部書き残しておく気になった。
「大島とSのこと」
「M子」
 まず、この二つの記録をつづろう。

(「青春挽歌」完)
  

Posted by 松田まゆみ at 13:23Comments(0)青春挽歌