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山の挽歌-松田白作品集- › 五、六のコル

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2009年02月18日

五、六のコル

 初めての涸沢(からさわ)生活の最初に登ったのが、北尾根第五峰、第六峰間のコルだった。穂高にはどこにでも転がっている小さな鞍部にすぎないのだが、この前穂北尾根の一隅をめぐる回想はなつかしい。

 まっさきに思い出すのは、マンメリーの言葉である。「真の岳人は一個のワンダラーである」と言った。彼のいわゆる岳人は、未知の岩を攀じ、未踏の氷壁に挑む登山者を指している。山への若い情熱を燃え立たせているその頃の私は、この岳人とワンダラーの解釈について友人と言い争った。第四峰からの帰途、このコルでである。残照の涸沢圏谷(カール)を囲む穂高の岩壁が赤々と燃え、やがて藍色に沈潜し、黄昏の中に黒々と晦冥(かいめい)しようとするまで、私達は激論を戦わせた。その友は今はない。

 ある夏、五峰を降る私は、きれぎれの笛の音を耳にした。五、六のコルだった。すでに鬢髪(びんぱつ)に霜を交えたその人は、奥穂に傾いた金色の陽の中に、一心に横笛を吹いていた。私はだまって後ろを通り、その哀調を背に雪渓を降りた。
 その翌日、涸沢から又白池のキャンプに連絡のためこの鞍部を越えた私は、帰途、濃霧にまかれ、とある岩棚(テラス)の上に一時間以上も立ち往生を余儀なくされた。いくぶんの不安と焦燥のなかに、私は再びあの笛の音を聴いた。それは風に追われてコルを越す霧の音だったかもしれない。ようやくコルに着いた時、私の見たものは心配して迎えにきた二人の仲間だけだった。

 また、そこは涸沢生活の炊事当番のうっぷんを晴らす安息所でもあった。雪渓を隔てた正面、ザイテングラートに「ヤッホー」の呼び声が聞かれ、時には又白側でピトンを打つ響きのよい音も聞かれた。岩雪崩の音に、友の上にふと胸を曇らす時も多かった。

 山に登るという行為の純粋性に比して、思考のなんとトラジックなことか……。山そのものへの行為から、私をして山をある目的のための場と考えざるを得なくした過程を省みる時、五、六のコルはほのぼのと私の胸に温かい。
 ある秋、タヌキ(第六峰)の頂上からこのコルに、一人の女性らしい人影を見つけた。その人は奥又白側に降りていったが、しばらくして引き返し、いつの間にか私のいるところへ登ってきた。ぱったり合った視線に、私は狸寝入りを決め込む隙を失した。翌日、私は奥又白の岩登りの負傷がもとで恋人を失ったというその女性と、紅く色づいたななかまどの道を横尾へ降った。そして、俺の山ももうおしまいだと思った。

 ある秋、写真を写すため、岩に挟んだまま愛用の帽子を忘れて降りてしまって以来、私はいまだにそのコルを踏まない。コルをつい横目で見ながら、通り過ぎる山行の多くなった今日、なお私の穂高への郷愁は、いつもそこから広がるのである。
  
タグ :穂高


Posted by 松田まゆみ at 13:51Comments(0)五、六のコル