さぽろぐ

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2009年01月01日

発端

「あんな長い板っきれを足にくっつけて、この寒いのに雪の上を滑って・・・・・・いったい何が面白いんだ。よせよせ、足でも折ったらどうする。運動ならほかにいくらでもあるだろう。お父さんは反対だな」
 酔っぱらってご機嫌のはずの親父だったが、どうも形勢はあまりよくない。こんな時にと思って五十銭で買収した妹の奴だったが、応援はさっぱり熱が入っていなかった。一円というのを五十銭に値切ったかららしい。暮れだから、必ず親父が酔っぱらって帰ってくる日がある。それを待って交渉した方がよいと言ったのは妹なのだ。「応援しろよ」と目顔で親父の後ろに突っ立っている妹に合図を送った。妹はまず舌を出し、それから五十銭銀貨を一枚取り出して指に挟み、もう一方の手の人差指を立てて片目をつぶった。もう一枚よこせというのだ。「チクショウ、人の弱味につけ込みやがって」と思ったが、ここで親父を陥落させなければ、スキーは永久に駄目になりそうである。残念ながらOKの合図を送った。彼女はニヤリとした。現金な奴だ。途端に親父に対して交渉を開始した。
「お父さん、買ってあげなさいよ。何をやったって危険はあるわ。現代青年としてスキーくらいできなくては駄目よ。それに五円で全部揃うんだったら安いじゃない。玉撞きやマージャンなんかやるよりよっぽど健康的でいいわ。そう思わない? ねえ、お父さん!」
 と後ろから親父の首にとりついた。いやカジリついた。
「私もやりたいわ、スキー。でも女の子だから遠慮するわ。ねえお父さん、買ってあげなさいよ、ねえっ!」
 こんな態度と鼻にかかった「ねえ」は、中学三年の男の子にはとても真似のできたものではない。親父は特に妹に弱い。
「何だ、おまえは。おまえの出る幕じゃないぞ」
 と言いながら、親父の声はあまりオッカナイ声ではない。
「わっ、お酒臭いっ。いやねえ、また宴会でしょう」
 ちょっぴり親父の痛いところをつく。
「つき合いだからしょうがないさ」
 と親父。ここで言い訳をさせるのがコツらしい。
「ねえ、Sさんはもうお父さんのお許しが出たのですって・・・・・・。うちのお父さんだって理解のあるお父さんだわよ。ね、悪いことじゃないんだもん、いいじゃない。ねえ、ねえってば・・・・・・」
「うーん、おまえが出しゃばるのは変だぞ。共謀しているな、そうだろ?」
 と言ったが、どうも心細い抵抗である。
 Sは私の同級生だが、家は私のところと同じ程度の商家であった。それだけに親父やおふくろにすれば、比較対照とするのに格好な家ということになる。あそこでやったのだから・・・・・・という、頗る自主性のない商家特有の世間体、競争心みたいなものもあったのである。
「あそこは三男坊だろう? うちは長男なのだから」
 これは親父の失言だったらしい。俄然、妹の声の調子が変わった。
「アーラ変よ、それは変よ。長男だから危険なことはいけないっていうの? 三男だからいいの? 封建的よ、そんな考え。そうすると私なんかどうだっていいっていうことね、くやしいっ」
 妹はいきなり両手で剃り跡の青い親父の顎を、ごしごしこすりつけて大げさに悲鳴をあげた。
「痛いっ、このおヒゲ」
「馬鹿、そうじゃない。しょうがない奴だな。ほんとうに五円でいいのか、五円きりだぞっ」
 親父はあっけなく陥落した。「だらしのない親父だ」と言いたいところだが、しかしこっちにはそう言えない弱みがある。妹は、すばやく親父の内ポケットに手を突っ込んで財布を引っぱり出した。ついでに脇の下あたりをくすぐったらしい。
「うわっ、くすぐったい。おいコラ、返せコラッ」
「私が出してあげる。お父さんの手を煩わしては悪いからね。うわ、沢山あるわ、お父さんのけちっ」
 かくて、わがボン・スキーは虹色の幕を引き上げたのである。
 シーハイル、ハイル! ハイル、ハイル!

*ボン・スキーのボンとは、フランス語で「良い」「幸せな」という意味である。


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