さぽろぐ

  日記・一般  |  その他北海道

新規登録ログインヘルプ


2009年01月06日

初スキー

 眠いし、時間もわずかしかなかったが、そこは若さである。飯を食うと、さっそく第一ゲレンデと称するスキー場に行った。湖畔に広がる小さなゲレンデだった。この猫の額ほどの「秘められたる雪の殿堂!」はいささか雪不足。雪の上に点々と熊笹が顔を出していた。
「サンドスキーって奴は聞いたことがあるが、笹スキーってのは聞いたことがないぜ」と、Sがぼやく。
 しかし、雪量はかなりあるはずだった。夏の日光白根に登ったことのある私達は、この辺の斜面が身の丈ほどもある熊笹に覆われていたことを思い出した。
 斜面は周囲を針葉樹で囲まれていたが、湖に面した一方だけは疎林になっていて、そこを抜けてしまうと湯ノ湖に落っこちることになっていた。転ぶか、木に抱きついて何としてでも止まる必要があった。
 まず、歩くことと登ることの稽古から始めた。エッジを立てた階段登行は五分間でマスターした。われらは上野東叡山下に生まれたチャキチャキの江戸っ子である。登れさえすれば、何登行だってかまいはしない。何だ、わけはないじゃないか、登りゃいいんでしょ、登りゃ。いつの間にかゲレンデの一番上に登りついていた。今考えるとゆるい斜面なのだが、私達には湯島天神の石段より急に見えた。しかし登ってきた以上、歩いて降りるわけにはいかなかった。江戸っ子の矜持(きょうじ)が許さないのだ。
 すでに湖面には夕焼けが漂い、遠く男体山の男前の横顔にピンク色が薄く刷かれていた。
「行こうぜ、一、二、三」
 かけ声だけは勇ましく、東武電車の線路みたいに幅広い四本のシュプールを残して二人は滑った。後は書くことを止めにする。ただ、雪がどんなに冷たく、柔らかく、かつもがけばもがくほど起き上がれないものだということが、骨身にしみてわかったのである。
 夕闇の雪道をスキーを引きずりながら、二人はさっぱり意気が上がらない。何としても帰る日までには転ばずに止まれるようにならなくては。
「こんな板きれ二枚に嘲笑されてたまるかってんだ」
「物には順序がある。まず歩くことから練習するか」
「うん、それじゃあ明日は湯ノ湖一周といこうか」
「そうだな、平らだというから、あんよはお上手にはちょうどいいや」ということで、翌日は湯ノ湖一周に決めた。
 実を言うと、今日の調子で明日一日ゲレンデで転んでいるのでは恥ずかしくもあるし、お尻が痣だらけになると思ったからだ。
 宿に帰って風呂場に直行した。風呂は大きくはなかったが、木の香も新しく清潔だった。湯船の縁に足をかけたら、先に入っていたSが言った。
「おいちょっと待て、その足はなんだ?」
 自分の足を見て、私も驚いた。足首から先の皮膚に、まるで黒インクで地図を描いたような模様が入っていた。モービル油である。モービル油が皮膚の皺(しわ)の中に埋め込まれたのが原因であった。石鹸で洗ったがなかなか落ちない。鉱物油は、他の油脂と違って鹸化(けんか)されないからだろう。仕方がないから、いい加減に落として風呂に飛び込んだら、湯の表面に五彩に光る油膜が浮いた。油漬けの靴が、ここまでたたろうとは思いも及ばなかった。湯が溢れて油膜が流れ出すまで、私達は首まで湯の中に浸けて待たねばならなかった。
「三食一円は安いな、来年も来ようや」
「うん気に入ったな、ここ。俺たち向きだ」
「風呂へ入ってスキーをやって・・・・・・天国だな」
「馬鹿言え、滑ってる時は地獄だぜ」
「帰るまでには、それも天国になるさ。明日はあんよはお上手だろ、あさっては全制動回転、しあさってはクリスチャニア、やのあさっては・・・・・・」
「馬鹿、『英会話一週間』みたいなこと言うなよ。下駄でさえ満足に歩けないくせしやがって・・・・・・」
 硫黄の香りはなつかしい。私のスキーには、温泉がつきものになって今日に至っている。温泉のないスキー場なんて行く気になれない。その点、わが日本に生まれてほんとうによかった。


同じカテゴリー(ボン・スキー)の記事
 第八日 (2009-01-16 14:35)
 第七日(2) (2009-01-15 08:08)
 第七日(1) (2009-01-14 12:23)
 第六日、初めてのスキーツアー(2) (2009-01-13 15:23)
 第六日、初めてのスキーツアー(1) (2009-01-12 10:17)
 第五日 (2009-01-11 10:19)

上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。

削除
初スキー
    コメント(0)