さぽろぐ

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2009年01月08日

第三日(1)

 今日も空は晴れていた。
 朝食の後、宿のオヤジに、今日は第三ゲレンデまで行ってみるつもりだと言ったら、輪カンがないから止しなさいと言われた。どうやら私達の腕前を知っているらしい。これで「場合によっては金精峠へ登ってみる」という言葉はつい出なくなった。
「スキーを履いて登れるでしょう」と言ったら、「それではこうして行きなさい」と言って、物置から縄をひと束持ってきた。どうするのかと思ったら、スキー板の靴の前後二ヶ所に縄をぐるぐる巻きつけて結わえてくれた。なるほど、こうすれば後滑りは相当に防げるはずだ。
 荒縄のシールはまったくもって格好の悪い代物だったが、後滑りでふうふう言うよりよほどましだと思ったのでオヤジの仰せに従った。愛想はないがいいオヤジだ。腹が空くといけないからと、握り飯を作って新聞紙にくるんでくれた。
 湯元スキー場には第一ゲレンデのほか、第二と第三がある。第二は前白根、第三はさらに奥で金精峠に近い。三つのゲレンデは三関係の各々の頂点にあるので、第三ゲレンデへは第二ゲレンデを経て行くより、温泉から直行した方が早い。私達は、直接第三ゲレンデを目指す道をとった。
 縄のシールという奴は登りには威力を発揮してくれるが、降りはまったく駄目であるばかりでなく、平地もスキーは滑らない。ちょっと恥ずかしかったが私達は温泉街を出はずれるまで、スキーをバタンコバタンコ上げたり下ろしたりして進まなければならなかった。
 第三ゲレンデへのスキートレールは、木の枝に赤紐が付けてあって明らかだったが、昨晩降ったらしい十五センチほどの新雪にすっぽり覆われて、スキーのシュプールはなかった。処女雪だ。針葉樹林がどこまでも続いていた。私達は北欧の森を想像した。この雪を被った針葉樹の森林に、物音といってはときおり木の枝から落ちる落雪の音だけである。足跡といったら自分らの残しているスキーの跡と、兎、狐のそれだけである。
 いい気分だ。リフトなどという便利で騒々しくて、自然をぶっ壊し、獣どもを追っ払い、空気を汚し、足を弱くするものはその頃はなかったのである。
 静もる森に二つの万物の霊長の、登るという行為のリズムだけが存在した。ふわっと積もった雪の中をスキーを滑らせて、片足ずつを高みに置き、その上に身体を押し上げるということならばよいのだが、それはシールあっての話。私達の場合はスキーの上に載った雪を跳ね上げて、スキーを雪面上に持ち上げ高みに移して、その上に身体を押し上げる。それでもリズムはリズムである。多少悠長で筋肉を酷使するリズムではあったが・・・・・・それでも私達は満足だった。
 第三ゲレンデは新雪に覆われた小広い斜面で、人影は見られなかった。振り返ると、私達の登ってきたシュプールが森の中を縫っている。ずいぶん急な斜面だった。
「行きはよいよい帰りは怖いだな」
「どうやって降りようか? 弱ったな」
 登る方は努力だけの問題だ。降りはそうはいかないらしい。ひとしきりこのゲレンデで練習するつもりであったものが、考えてみればこの新雪である。直滑降の練習ならともかく、曲がろうとするたびにこの新雪の中に埋まっちまうのではたまらない。練習は止めにした。滑る練習は帰り途にいやというほどできるはずだ。時間はたっぷりある。登れ登れだ。私達は小休止の後、金精峠への道を登りだした。トレールは斜面を増していった。雪量もぐんぐん増した。ここから上はほとんどスキーヤーは行かないらしい。踏まれていないからスキーはもぐる。腰まで埋まってどうしようもない所もある。
 私達はファイトを燃やし、交互にラッセルを繰り返した。闘志を倍加させてくれたのは、笈吊岩(おいづるいわ)の岩壁が樹間にちらちらと顔を出しはじめたためもある。しかし、金精峠の稜線を目前にして驚いた。頭上に張り出した五、六メートルはあろう大きな雪庇(せっぴ)に、雪煙が舞っていた。崖のような急斜面だ。
「こいつはちょっと手に負えないぞ」
「そう、峠に出るには、あの雪庇を崩さねばならねえや」
「この辺で回れ右がいいとこかな」と弱音が出た。
「ともかく飯にしよう、飯に」
 私達は木立の根元を踏み固めてスキーを脱ぎ、握り飯を頬ばった。
「ここまで来れば、秘められた雪の殿堂ってのも嘘じゃないな」
「ゲレンデでうろちょろしている奴の気がしれねえ」
「スキーは山へ登るためにあるものってこと、知らねえんだよ」
「くやしければここまで上がって来いってんだ」
 勝手な太平楽を並べたてては、水の代わりに雪を頬ばった。盾の片面はこのようによい調子だったが、それから十五分後に見せつけられた盾の裏面を、神ならぬ二人は考えてもみなかった。


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