さぽろぐ

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2009年01月09日

第三日(2)

「さあ滑ろう」
 スキーから縄を取り去り、締め具を締めて立ち上がった私達は、今さらのように顔を見合わせた。目の回るような急斜面だった。
 斜滑降であそこまで行って、キックターンして、次のあの木のあたりで顔面制動して・・・・・・と、降りコースを考えていた時である。ガーッという異様な大音響が聞こえた、音の方を振り返った刹那(せつな)である。いきなり腰のあたりをドヤシつけられて、横にあった木立にしがみついた。あたり一面真白になり何も見えなかったが、次に目に入った光景は驚くべきものだった。私のいる高みのすぐ下の谷を、直径二十センチはあろう岳樺が、根こそぎにされて押し流されていた。
 雪崩だ! 初めて見た雪崩だ。
 一瞬呆然としていたが、気がついたらSがいない。私は腰まで雪に埋まっている足を抜こうと努力したが、雪はコンクリートのようでなかなか抜けない。スキーを脱いでやっと引き抜いたのはいいが、膝頭ががくがくと震えて足が前に出ないのである。しかしそのうちに、何やらすぐ横の雪がもぞもぞと動くのである。私はその方へ腹這いになって行き、雪を手で掘り除けた。手の方は足と違ってどうやら動いた。Sの腕が出、頭が出てどうやら生きていることがわかった。Sが起き上がるまで、どのくらいの時間がかかったのか覚えていない。ひどく長い時間がかかったようでもあり、案外短かったのかもしれない。Sは何だかぼんやりしている。
「雪崩だ! 逃げよう」
 と言うと、今までのろのろしていた動作が急に早くなった。彼の膝頭もがくがく震えているのが目に見えた。いつスキーをつけたのかも覚えていない。二人とも、兎のように飛び上がって滑り出した。斜滑降もヘチマもなかった。後をも見ずにとはこのことだ。我武者羅(がむしゃら)な直滑降でいっては、木にぶつかると思うと横の雪の上に身体をブン投げた。立ち上がるや否やまた直滑降、ボディストップ、直滑降。何回繰り返したか、斜面がどんなにきつかったか、全然覚えていない。見覚えのある第三ゲレンデに着いて急に力が抜けた。雪の上にへなへなと座り込み、眼前で雪煙を四、五メートルも上げて転倒したSをぼんやり眺めていた。
 起き上がったSが私を見て、「第三ゲレンデか? ここは」と、私の傍らにゆっくり歩み寄って腰を下ろした。
 まだ膝頭がかすかに震えていた。身体中がだるい。関節が全部脱けてしまったようで、しばらくは物も言えなかった。
 次第に気分も落ち着き、身体の震えも止まってきたところでやっと声が出た。
「助かったな、おい」
「驚かしやがって!」
 そう言って雪の上にどっかり腰を下ろし、Sの顔を見て私は驚いた。右の頬に幾本もの針で引っかいたような跡が、血をにじませていたのである。よく見ると、左の頬にも幾つかそうした跡が散在していた。
「大丈夫か、おまえの顔破けているぞ」
「そうか、ひどいか? どうもひりひりすると思った」と、彼は心配そうに自分の頬をさすった。
「何だ、おまえのズボンも鉤裂(かぎざ)きができているじゃないか」
 彼に言われて私も自分のズボンを見た。二ヶ所、膝小僧と右腿(もも)のあたりに鉤裂きができ、腿の方のは特に見事に裂けていた。ペロンと垂れ下がってズボン下がよく見える。よく考えてみると、確かにあれだ。針葉樹の根元に、柔らかそうな雪を被った潅木らしきものがところどころにあったのだ。私は顔面制動の受け手として柔らかそうなものを選び、これに突入する直前でわざと転んでいたのだが、その潅木が茨(いばら)だったのである。Sも同じことをやったに違いない。たまたま顔を突っ込んだので茨だとわかったそうだが、私は生身に被害を受けなかったので、鉤裂きなどは夢中で気がつかなかったのだ。
 まだまだ湯元までは相当の下りが続いている。いや、これからが本格的なスキー滑走路で、今までのは山岳スキーの部類に入る。
「おい、どうやって降りる」
「これ以上、鉤裂きを作るのはいやだぜ」
「お前のはいいさ、針と糸があれば繕えるからな。俺の顔の綻びは縫えねえんだぞ」
 彼は顔をさすって言う。彼はげっそりだと言うが、私だっていつ彼と同じことになるかわかったものじゃない。彼は不公平だから顔の綻びまでつき合えと言うが、これはご免こうむりたい。
 二人は相談した。滑降路は細い一本道だ。斜滑降、キックターンというわけにはいかない。なぜなら滑降路(それは夏道)を外れると、かなり密な原生林帯だ。樹と樹の間には例の茨が点在している。樹林帯の雪は良質すぎて、すごくスピードが出る。われわれの全制動ではとてもスピードを落とした滑降などできない。まず三十メートルで顔面制動だ。約四キロの道を三十メートルごとに顔面制動していたら、いくら面の皮が厚くてももたないだろう。相談の結果、意見の一致をみたのは次のようなことである。

一、転ぶのはあそこ、と目標を決める。
二、そこまで直滑降で行き、制動はかけない。
三、その地点まで行ったら右か左にぶっ倒れる。
四、ぶっ倒れてから止まるまでに、起き上がりやすい姿勢になるよう努力する。
五、襟巻きを首にぐるぐる巻きつけて、雪が首から入らないようにする。

 まずSが見本を示した。約五、六メートル下で、彼の姿が壮烈な雪煙の中に埋没した。しばらくしてもくもくと起き上がり、こっちを向いておいでおいでをした。無事らしい。かくして私達は全身制動ストップなるテクニックを修得しつつ、どうやら湯元まで滑り降りることができた。しかし柔らかい新雪の下は、凍った旧道だ。湯元に着いた時は、ヒップの回りがどこもかしこもずきずき痛み、これ以上転んだら打撲傷で動けなくなりそうだった。私の鉤裂きは四ヶ所になり、彼も鉤裂きが一ヶ所できていた。しかしよほど懲りたとみえ、顔の引っかき傷だけは増えていなかった。
 いとも情けない格好で旅館の玄関を覗き込み、人がいないのを見すまして、こそこそと部屋に上がり込んだ。応急処置は内密を要するのだ。炬燵にもぐり込み、これからどのような処置を施そうかと考えていたら、唐紙がすっと開いた。宿のオヤジがにやにやしながら入ってきたのである。手には裁縫箱と救急箱が提げられていた。
「ハッハッハ、悪戦苦闘だったらしいね。若い者はそのくらいの元気がなくてはなんねえ」
 彼はメンソレータムを取り出して、Sの方に差し出しながら言った。
「だいぶ上の方まで行ったかね」と聞くので、「うん、第三ゲレンデの少し上まで」と言っておいた。金精峠に登ろうとして雪崩に遭ったことなど、ひと言も喋らなかった。それを喋ったら、お説教を食うと思ったからだ。
 遅い昼食の終わったのが三時を過ぎていた。もうひと滑りと思ったが、Sの顔の引っかき傷を理由に、今日はこれで止めにすることにした。実は、腰を上げようにも痛くて上がらなかったのである。
 それもそのはず、風呂へ入ったら下半身痣だらけだった。湯船に浸かりながらSが独り言のようにぶつぶつ言っていた。
「そうだ、素直に転べばいいんだ。人間は素直でなけりゃいけねえや」
「至極ごもっとも」と言いたかった。


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