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2009年01月14日

第七日(1)

「お客さん、もう九時すぎたわよ」という声に起こされて目が覚めた。襖(ふすま)の所で宿の女中さんが笑っていた。
「昨日はくたびれたんでしょう。でもお味噌汁が冷えるわよ」と言う。
 昨日の一行の中に加わっていた女中さんだ。下ぶくれで色白の綿羊のように太った女の子で、昨日までほとんど口をきかなかったが、今日は大変なれなれしい。
「でもよかったわね。私、てっきりあなた達を雪の中から掘り出さなければならないと思っていたわ」と言う。
「ぴんぴんしてて悪かったね」と言ったら、「歌が聞こえてきた時、あなた方だと思った。生きてるなと思っちゃった。でもあの歌よかったわ。今晩教えて頂戴」ときた。
「エーエ、教えてあげますとも」

 ゲレンデに着いたら、いきなり二人の目の前で雪煙を上げてクリスチャニアで止まった人がいた。キザな奴だと思ったら、雪煙の中からヨーシの先生の顔が現れた。にこにこ笑っている。
「今日は、午前中用事があるから教えてやんねえ。自分らで勝手に滑れ」というご託宣だった。
「ただし、昼食は俺が奢ってやるから、昼になったら南間ホテルに来い。おまえ達の宿には連絡して昼食は断ってあるあるから、きっと来いよ」と言ったかと思ったら、もうスケート滑降で宿の方へ滑りだしていた。
 わざわざゲレンデに来て、私達を待っていてくれたらしい。後ろ姿に向かってSが言った。
「ご馳走になりまあす」
 明日はいよいよスキー場ともお別れなのだから、今日のうちに最後の仕上げをしなければと思って、登っては滑り、登っては滑りのエレベータースキーをやってみたが、昨日のツアーで変なスキーをしたせいか、二人ともさっぱりうまく滑れなかった。やっぱり先生にいてもらわないと駄目らしい。
「奢ってくれるといった昼食が気になってうまく滑れねえ」とSが言うので、私も同調した。
「そうだそうだ、飯を食った後なら落ち着いて滑れるだろう。こんなもんじゃないはずだ」
 すっかり自信をなくして、十二時きっかりに私らは南間ホテルの玄関をおそるおそる覗き込んだ。ヨーシの先生は、玄関横の待合室のソファにふんぞり返っていた。
 さすがに食事は豪華だった。一泊三食付一円也の食事とは比較にならなかった。食後、妹にもらった例のパイ缶を差し出したら、「学生がそんな心配するな。だが旨そうだな。開けよう」と言った。
 ビールを飲んでご満悦の先生は、制動回転についてひと言触れた。
「だいたいズダルスキーなんて奴が、制動なんて言葉を使いやがったから悪いんだ」と先生は言う。
「制動なんていえば、足を突っ張ってスキーを止めようとしながら回る技術だと思うだろう。ほんとうはそうではないのだ。外スキーの先端の内エッジに、体重をのしかけるとそれだけでスキーは目をつぶっていても曲がってしまう。その結果、スピードは制度がかけられるので、予め制動してスピードを落としてから回るわけではないんだ。だから全制動回転、いわゆるボーゲンはスピードが出ないように斜滑降を水平に近くとって滑れば、スピードなんざ出はしないよ」
「でも、昨日のように道を滑る時は困ってしまう」と言ったら、「アハハ、何も道通り滑らなくてもいいだろう、新雪の中を滑れよ、その方が気持ちがいい」
「なるほど」
「どうしても道を滑らなくてはならない時、たとえば木の密生している中の道を降る時、それにはそれの方法があるのだが、君達にはまだ無理だ。もっと練習してうまくなれば自然にわかることで、今教えてもどうしようもない。ただ、うまくなれば道を全制動でも楽に降りれるようになるが、君達のはまだ全制動になっていない。足を突っ張るから疲れる。体重を利用すればあまり疲れないし、間欠的に全制動をやればほとんど疲れない。一番いいのはクリスチャニアのように二本のスキーを揃えたまま、山側の斜面を横滑りしながら降りることで、そのうちに練習してみるといい」と言われた。
 この言葉はその後長く私の頭に引っかかって離れなかったが、その意味がはっきりわかり感覚的にも理解できたのは、確かカンダハー締め具を初めて使った数年後のある年であったと記憶している。


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Posted by 松田まゆみ at 12:23│Comments(0)ボン・スキー
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第七日(1)
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