山の挽歌-松田白作品集- › 詩 › 雲
2010年03月13日
雲
氷河湖をまたたかせ
氷塔(セラック)をかげろわせて
悠々と 影が登る
「おーい 雲
ちょっと 僕達と
休んでいかないか」
君達はいいな
懸垂氷河も ヒドンクレヴァスも
気にしないんだから
でも見てくれ
ここから 山稜はもう
一枚の純白なサテンだ
灰色のある日
絶え間なく 稜線を
越える雲達と一緒に
僕も圏谷(カール)を下った
音の無いエロイカの
第三楽章にとり囲まれて
なぜか 僕に 遠い日の
記憶がよみがえった
「お月様(じちゃま) かくれんぼ
おふとん(おっとん)かぶって ネンネした」
幼かったベッドのわが子の
独り言だった
谷をうずめて
雲達は未だ眠っている
群羊の青い眠りだ
やがて 地平の一点が
ゆらめき 炎え上がる
そして七彩(なないろ)の絢爛(けんらん)が
君達をゆり起こすだろう
旅立ちの朝だ
雲よ
今日も僕達と
在るがままを喜び
在るがままに慟哭(どうこく)もしよう
アルプの紺青に
ポッカリ浮かんだ二つの雲
「あの雲 一つになるんだろうか」
アルペン デージーの花をかざして
妻が言った
「さあね……なるわよきっと」
雲は並んでユルユルと遠去かる
行手は輝く白い峰だ
「私達 二人っきりになるわね」
僕はボンヤリ
番(つがい)の薄羽白蝶(アポローン)の
交錯する曲線を追っていた
Posted by 松田まゆみ at 11:48│Comments(0)
│詩