第三幕
戸外で樹林を揺する風の音。杉の経営する山小屋の一室。五年後。
路子 今日のお客様、とうとう私一人ね。
杉 ええ、もう来ないでしょう。遅いから。
路子 急に私が来てびっくりなさった?
杉 驚きました。お一人だったのでよけい・・・・・・。
路子 コーヒー入ったわ。進駐軍のよ・・・・・・。
杉 いい匂いだ、久しぶりに。
路子 いつ帰ってらしたの? 戦地から・・・・・・教えてくださらなかったのね・・・・・・。
杉 すみません。去年の夏です。帰ってから東京で勤めたのですが、山男は結局都会には住めないらしい。ちょうど土地が借りられたので、都落ちしました。
路子 うそっ。私から逃げるのね。それとも秋本さんから?
杉 ・・・・・・。
路子 ずいぶん探したわ。
杉 よくわかりましたね。
路子 古風に言えば「風の便りに」ってとこかしら・・・・・・いいわそんなことどうでも・・・・・・ねえ、明日奥又白のお池に連れてってくださらない。今頃、ナナカマドの紅葉が奇麗でしょうね。
杉 ・・・・・・でも路子さん、結婚なさったのでしょう?
路子 誰と? 結婚なんかしていないわ。
杉 どうして・・・・・・どうしてなさらないんです。
路子 「秋本さんと」っておっしゃりたいのでしょ・・・・・・私が結婚しないの、ご存知なくせに・・・・・・。
杉 秋本はどうしてます?
路子 あなたを待っているわ。変わったわ、あの人。山へ行けなくなってから・・・・・・。
杉 僕は戦場で行方不明になった男なのに。秋本は私が帰ったこと知っていますか?
路子 知らないわ。知っていれば探さないわ。
杉 僕は都会生活の落伍者。こんな山小屋の主人(あるじ)で一生終わる人間です。
路子 それ、どういう意味?
杉 秋本は少壮実業家。あなたはなぜ彼と結婚しないのですか? あなたは都会の人だ。
路子 あの人はあなたの生死を確かめたいのよ・・・・・・待ってるのよ。
杉 馬鹿な奴だ。
路子 同情されて結婚したくないのよ。「あなたは杉と結婚すべきだ」なんて言うの。
杉 あなたは秋本好きなんでしょう?
路子 嫌いじゃないわ・・・・・・。
杉 ではなぜ?
路子 私にそれを言わせるの?
窓外に梢を渡る風の音。
音楽(次第に迫る感情の高まりを暗示して)
杉 路子さん、私を苦しめないで・・・・・・秋本を幸せにしてやってください。
路子 私、待ってましたの。あなたが必ずお帰りになると信じて・・・・・・コブ尾根の岩穴の中でのお二人の話、私みんな聞いていたのよ。
杉 秋本と結婚してやってください。あいつはいい奴だ・・・・・・可哀そうだ。
路子 男は勝手だわ。私には選ぶ権利がないの? 私の意志は無視されるの?
杉 路子さん! (感情迫り)
路子 会いたかったの。私はあなたが好き。ずっと前から・・・・・・。
杉 路子さん!
路子 あなたが秋本さんとどうしても結婚しろと言うならするわ。あなたのために・・・・・・。でも路子はどうなるか! 路子は、路子は・・・・・・。
路子、杉にとりすがって烈しく泣く。
杉 路子・・・・・・ばかばかばか・・・・・・。
路子 抱いて・・・・・・もっとしっかり抱いて、あの夜のように。路子、赤ちゃんになるわ。今夜一晩中抱いていて・・・・・・。
杉 いけない。路子、いけない・・・・・・。
路子 いいの・・・・・・これっきりでいいの。後悔はしないわ。秋本さんのお嫁さんになるから、だから許して・・・・・・。
音楽(烈しく情熱的に盛り上がり消える)
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