山の挽歌-松田白作品集- › 詩 › 頬白に寄せて
2010年03月12日
頬白に寄せて
本州の中央高地
フォッサマグナの湖の辺りに
一羽の頬白の雛が生まれた
桃の花咲く田園に
エサを求めて飛び廻る父鳥は
ふと 去る年の秋を思い出していた
一面狐色の湿原の片隅に
ひと群れの桃の花を見て
わが目を疑ったのである
そのピンクの温かさに誘われ
彼はその花に飛んだ
だが それは花ではなかった
紅さして開裂する
木の実だった
人は「十一月の花」と言う
「檀」父の頬白は
その木の名を娘に与えた
西に 東に
親鳥は 日々を炊(かし)ぎ
雛は スクスク育った
南に 北に
若鳥は思うさま
青春を羽ばたき
ユルユルと 時は流れた
「或る日」
娘は北の国に 恋を得た
母鳥の胸は痛んだ
「何故 そんな遠くへ
行ってしまうの」
だが母鳥は知っていた
娘をひきとめる術のないことを
父鳥は独り呟いた
「私達の務めは
もう終わったのだ……」と
その日から
時は急流となった
一九八〇年三月十五日
若鳥の旅立ちの日は来た
慶びの日に
別れの涙は流すまい
親鳥達は歌った
舞い上がれ 若鳥達よ
玲瓏(れいろう)の 大空切って
幸いは君達の心に
住まうだろう
北の雪に咲けよ
「マユミ」
何時の日も
温かく健やかにあれ
Posted by 松田まゆみ at 14:58│Comments(0)
│詩