さぽろぐ

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2009年01月02日

スキー第一号

 翌日の日曜日、妹に掠奪された一円を差し引いた金四円也と幾許かの小遣いを持って、私はSの家に行った。
「成功したぞっ」と言うと、彼は読んでいた本を差し上げて、「そうか、よかった。今、勉強中だ」と言った。
 学校の予習かと思ったら、さにあらず、スキーの手引書だった。彼の兄貴の友達から借りたのだという。
 当時本屋の店先には、高橋次郎著の「アールベルグスキー術」という本のほか、二、三冊の本が見当たるのみで、今のように本屋の店先に行けばスキー技術書がごろごろしているというわけにはいかなかった。しかし、私たちには唯一の頼りだったのである。善は急げだ。二人は準備の項を熟読してからさっそくデパートへ出かけたのである。
 一番安いイタヤの単板(ラミネートスキー等というものはなかった)の中から、教科書通り、節のない板によじれのないものを選び出し、フィットフェルト締め具、東京(トンキン)竹の両杖ともで、二円八十銭也。これをくれと言ったら、「スキー靴は?」ときた。
 よく聞いてみたら、フィットフェルト締め具は、バッケンなる鋼の板をスキーの横っ腹に穴をあけてそれに打ち込んで通し、靴に合わせてその板を曲げて取り付けるのだという。
「二、三日靴をお借りしなければなりません」と言うのだ。
 学生靴で間に合わせるつもりの私達は、ここで靴をとられてしまっては裸足で帰らなければならない。念のため「学生靴では?」と聞いてみたら、「まあ、駄目ってことはありませんがね。一回スキーに行ったら壊れちまったってことになるかも・・・・・・」と言ってにやにや笑った。いやな奴だ。
 そして続けて、「靴を取り替えたらバッケンに合わなくなるし、バッケンを曲げ直すのは無理ですからね。スキー靴をお買いになったら・・・・・・」とちらちらウィンドウの中に並べられたスキー靴の方に目をやる。二人とも、慌ててどぎまぎした。靴はもとより予算の中に入っていないから買えるはずはなかった。
「あの、その・・・・・・ちょっと考えてから後で来る」
「うち、うちにあるかもしれないから」
 何だか、自分らで考えても辻褄の合わないようなことを口走って、金二円八十銭也を支払うと、「ともかく今日中にまた来るから」と言い置いて、デパートを飛び出した。師走の寒風が額の冷汗を吹き払って、ぞくぞくときた。
「どうしよう」
「弱ったな」
「ウッ寒っ。そば屋へでも入って考えようや」
 何しろ、今日中に靴をデパートに持っていかなければならないのだ。そば屋はツケのきく行きつけの所があるし、第一安い。そば屋のテーブルに腰をかけて、額を突き合わせた。
「そうか・・・・・・学生靴では壊れちゃうか」
「そうだろうな、スキー靴はゴツイからな」
「俺は残り一円二十銭だぜ」
「俺は二円二十銭、二人合わせて二で割っても一人前一円七十銭か」
「軍隊靴も買えねえぞ」
「まだほかに買うものが沢山あるしな」
「おい、必要なものを書き出そうや」
 私達はそばの薬味を包んである紙を裏返して、鉛筆で必要と思われるものを書き出した。スキー靴、スキー帽、スキー眼鏡、スキー手袋、登降両用ワックス、パラフィン、スキーゴテ、亜麻仁油、保革油、固形燃料のメタ等々、どう考えても足りなかった。「あの一円があればなあ」と思うと、妹のがめつさが癪にさわったが、今さらどうしようもない。わが家の商いは油問屋だったから、亜麻仁油や保革油は店のをチョロマカせば事足りる。パラフィンも商売物のローソクでいい。例の教科書にはメルク製の、やれ融点は何度のものと難しいことが書いてあったが、ローソクで滑らないことは万々なかろう。手袋はおふくろに編んでもらう。眼鏡は? 眼鏡は要らないのではないか?
「そうだ、雪国の子が眼鏡をかけているのを見たことがないぞ」
「訓練すれば、眼の方で慣れてくるさ。スパルタでいくとしよう」
「帽子は? 学生帽じゃどうだ? 耳が凍傷でやられるかもしれない」
「うんそうだ。兎の毛皮で作ったアレはどうだ。ほら耳だけ被せる赤ん坊のよくやっている奴」
「なんぼなんでも、あれはちょっと恥ずかしいよ」
「いいじゃねえか、この際だ、我慢しろ」
「要するに頭にスキーと名のつく奴は、皆取り止めってことだな」
「ということで靴は中古軍隊靴ってとこかな」
「あーあ、とうとう落ちるとこまで落ちたか」
 そこへ、そば屋のオヤジがのこのこやってきた。
「何をごちゃごちゃやっているんだね。だいぶもめているようだが?」
 というこのオヤジは、前から懇意にしている。相談に値するとみたから、私はわけを話した。オヤジはちょっと考えてからこう言った。
「いいことを教えてやる。車坂に行ってみな。あそこに軍隊の払い下げ品ばかり売っている店が二、三軒ある。払い下げ品そのものだけではない。払い下げの服地や皮等でいろいろな物を作って売っているから、大概の物は間に合う。安いこと受け合いだ」
「ほんとにあるかなあ」
 異口同音に私達は言ったが、「まあ、だまされたと思って行ってみな」と言う。靴は立派なのが一円くらいだというのだ。それがほんとうならば「神は自ら助くるものを助く」である。急に元気が出てきて私達はそば屋を出た。
 あった、あった。実にいろいろな物があった。軍隊服、オーバー、ズボンからトンビまであった。革製品では靴、乗馬靴、カバン、バンド、ハンドバック。金属製品は飯盒、鍋、コップ、サーベル、ナイフ、磁石等々、山積にされたり、天井からぶら下げられたり、品物は埃を被っていかにも安そうであった。
「おい、あれを見ろよ。あるぜ、あるぜ」
 Sが指差したのは、例の兎の毛皮で作った防寒用耳輪だった。
「ウヘッ、いやなものまで売ってやがる」
 軍隊靴の山をひっくり返していたら、店のオヤジが出てきて、「ハイキング用かね?」と言う。「いや、スキー用だ」と言ったら、「ああ、それならちょうどいい奴がある」と、店の奥から靴を二足ぶら下げてきた。
 靴先が山椒魚の頭みたいで、ひどく不格好な奴だった。
「これなら飛んでも跳ねてもすり剥けるのは足だけだ」と言う。
「ゴツイけど、格好が悪いな。いくらですか」と聞いたら、八十銭だと言う。
「こいつはね、職人にガッチリした奴を作れと言ったら奴さん、こんな不器量な奴を作ってしまいやがった。よほど物好きなお客でなければ買わないと思ったので、店に出さなかったのだ。とオヤジがぼやいた。
「でもね、学生さんのスキーにはいいだろう。まあいいや、七十銭にしとこう」と、値切りもしないのに値を下げた。
「ほかにも要るものがあるだろう。スキー帽はどうだね」ときた。
 そのスキー帽なる物は、ちゃんとスキー帽にできていた。ただ、カーキ色の軍隊服か何かの布地で作ったらしく、黒く染めてはあったが、いささか羊羹色をしていた。
「しめて、一円十銭でどうかね」と言う。
 私は「しめた!」と思った。これでどうやら兎の耳輪から逃れることができる。Sと目顔で相談して「買うよ」と言ったら、「こいつも要るだろう、眼鏡だ」と言う。その眼鏡は夜店で売っている着色セルロイドの光線よけ眼鏡だったが、眼鏡なしよりはましだろう。
「セルロイドか」と、気のなさそうな返事をしたら、「暮れだから、大まけにまけて全部で一円五十銭にしとこう」と夜店のバナナ売りみたいにハタキで靴をひっぱたいた。五銭お釣りがくる。バンザイだ。私達はもちろん全部を買った。
「靴はもうけものだぞ、チャリ皮だ。裏皮で作った軍隊靴なんか問題にならないよ。水だって染み込みはしない」
 さすがは馬具屋の息子だけあって、学がある。チャリだか砂利だか知らないが、私とは見所が違っていた。
 大手を振ってデパートに戻り、ウィンドウの上にドタンと靴を置き、「これに合わせてください」と言ったら、さっきの店員が、靴と私達を見比べて、「なるほど、これなら壊れませんね」と言った。ザマーミロである。
 今度は意気揚々と、またまたそば屋に入った。何しろそば代一人前分の金五銭が残ったのである。そば屋のオヤジに感謝の意を表さなければならなかった。


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